ホームセンターでガツン


●こころの散歩道
「ホームセンターでガツン」

金光教放送センター


 「ねえ、お風呂場の電球が切れちゃってるの。悪いんだけど、買ってきて取り換えて…」
 休みの日の午後、妻からそう頼まれ、私は車で近くのホームセンターへ出掛けました。日用品や大工道具など、色んな物が並んでいるホームセンターは、いつ行っても楽しいものです。あちらこちらと見て回った後、レジで電球の支払いを済ませ、駐車場に向かって店内の通路を歩いている時です。
 突然、ガラガラガラガラーンと、大きな音がしたかと思うと、ガツンッ! と何か硬いものが頭に当たりました。
 「痛っー!」と、思わず叫んでしまいました。
 一瞬、何が起きたのか分かりませんでしたが、周囲を見渡すと、幾つもの衣装ケースが散乱しています。棚に積まれていたプラスチック製の衣装ケースが落ちてきて、頭に当たったのです。
 そう言えば、女性の店員さんが、しゃがんで、その棚を整理されていましたから、棚が揺れて、上から落ちてきたのでしょう。
 大きな音に驚き、他の店員さんたちが集まって来て、「どうしたの?」「何があったの?」と事情を聞き始めました。
 幸い私は大したけがもせず、大事には至りませんでしたが、私の心は穏やかではありませんでした。それというのも、その店員さんたちが、「お客さん、大丈夫ですか?」という声すら掛けてくれず、私に全く無関心でいるのです。
 「オイオイ、普通なら、まずはお客の身を心配するんじゃないのか。こっちは頭に当たってるんだぞ!」
 そんな思いが込み上げてきました。
 店員さんに、文句の一つも言おうとした、その時です。その場に居合わせた一人のお客さんが、「大丈夫ですか?」と心配そうに声を掛けて下さったのです。私は、気恥ずかしさもあって、とっさに、「ええ、大丈夫です」と答え、お店の人たちには何も言わず、スタスタとその場を離れ、駐車場に向かったのでした。

 車に乗り込み、帰りかけたのですが、やはり心はどこか穏やかではありません。
 「一体、どういうことだ。頭に当たったお客に、一言のおわびもないのか! やっぱり、こちらから一言、言うべきだったかなあ」といった気持ちが湧いてくるのです。
 「いやいや待てよ。もしかすると、現場を見ていたお客さんから事情を聞いて、追いかけてくるんじゃないか」
 そんな勝手な想像も膨らんだりして、しばらく駐車場で一人、もんもんとしていたのでした。
 結局、私を追いかけてくる店員さんは、一人も現れず、自分でも何を馬鹿なことを期待しているんだろうと思いながら車を走らせ、家路に向かいました。
 しばらく運転していると、それまでは、あまり気にならなかった頭が、ジンジン痛み出してきたのです。赤信号で止まった時に、手で軽く触ってみると、こぶになっているのが分かります。
 「あーっ、やっぱり店の人に言うべきだったなあ。でも、今更戻って文句を言う訳にもいかないし…」と一人グズグズ言いながら家に帰ったのです。

 家に帰ると妻と小学生の娘がくつろいでいました。私は、今あった出来事を話し、店の対応の悪さを訴えました。
 そして、頭がだんだんと痛くなってきていることを話し、傷になっていないか見てもらいました。すると娘が、「お父さん、血は出てないみたいだけど…、まだ痛いの? 大丈夫?」と、妻と一緒に大層心配してくれるのです。気遣ってくれる家族のおかげで、私は少し落ち着きを取り戻していきました。
 でも、痛みが消えたわけではありません。頭を触ると痛みが走ります。その度に、「あー、やっぱり、あの時、店の人に言うべきだったなあ。これじゃあ、当てられ損じゃないか」という気持ちも湧いてくるのです。
 その後、時間と共に頭の痛みは和らいでいきましたが、気持ちは、なかなかすっきりしません。何かモヤモヤした感情が、いつまでも心の中にくすぶり続けるのです。
 夜になってお風呂に入っていても、ホームセンターのことが思い出されてきます。
 「それにしても、あの時、何で何も言わずに帰ったんだろう…。ああ、あの時、あのお客さんが、『大丈夫ですか』って、声を掛けてくれて、心配してくれたからなあ…。あの言葉で、心が軽くなったような気がする…。それと、家に帰ってきてからも、『大丈夫?』って声を掛けてもらって、それで随分楽になったしなあ…」
 そんなことを思い出していると、ふと、気づいたのです。
 「今まで自分のことばかり考えてたけど、もしかしたら、あの棚を整理していた店員さんも、頭に当たっていたのかも…。だから、何も言えなかったんじゃ…。同じ場所で、同じ目に遭っているのに、俺はお客さんなんだからって、そんなことしか考えてなかった…。『大丈夫ですか』って尋ねもしなかったな…」

 お客様の安全をまず第一に。お店で働く人にとっては、大切なことだと思います。でも、お客である自分が、そこにこだわっていていいんだろうか。
 お客であるとか、店員であるとかいう前に、同じ一人の人間同士ということを、忘れてしまってはいけないように思えてきたのです。
 そして「大丈夫?」っていう、相手を思いやる一言を、どんな時にも、どんな人にも言えたらいいなあと思うのです。

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