神様が使ってくださるのだから


●信者さんのおはなし
「神様が使ってくださるのだから」

金光教放送センター


 新潟駅から列車に揺られ、日本海に沿って北へ約1時間余り。車窓には、米どころ新潟らしく、一面に田んぼが広がります。山形県の少し手前にある城下町の村上むらかみ市。かつて山の頂上にお城が建っていたことから、地元の人たちが親しみを込めて、「お城山しろやま」と呼ぶ小高い山の近くに金光教村上むらかみ教会があります。
 大竹憲一おおたけけんいちさんは、おじいさんからの信心を受け継いで、子どもの頃から、この村上教会に参拝しています。今年53歳。大工だったおじいさんが始めた建設会社を受け継ぎ、今は社長として、6人の従業員と共に忙しい毎日を送っています。
 10代から大工の道に進み、師匠の下で修行を重ね、37歳の時には、一級建築士の資格も取った大竹さんは、毎朝、5時前には仕事に取り掛かります。職人さんたちが出勤するまでに、その日の仕事の段取りをつけておくためです。
 忙しいのは、仕事だけではありません。30年以上勤めている地域の消防団では、現在、分団長として市の中心部を任されています。その他、大工組合や建築組合に関わるほか、商工会議所の青年部OB会の会長や、地元のお祭りの役員も引き受けています。お参りしている村上教会では、お祭りの時に奏でる笛の練習を、週に1度、続けています。
 建設業の仕事だけでも忙しい上に、幾つもの役を引き受ける大竹さんは、「神様が自分を使って下さるのだから、使って頂いているだけです。出来ない時もありますが、それも神様任せです」と話されます。
 「神様が、自分を使って下さるのだから」という思い。そんな思いが、大竹さんの中で確かなものになったのは、ある奇跡的な体験によるところが大きいようです。
 それは4年前のことです。当時、大竹さんは、自宅から車で2時間ほどかかる町の神社の屋根替え工事を請け負っており、現地にアパートを借りて、泊まり込んでの作業が続いていました。そして、9月末の金曜日のこと。屋根の上で作業の打ち合わせをしていると、頭が急に痛くなり、仕事どころではなくなってしまいました。一旦、アパートに戻り、その日は仕事を休みましたが、翌朝、頭痛は治まっていましたので、一日仕事をして、週末でもあったところから、2時間掛けて自宅に帰ったのです。
 翌日の日曜日は、地元のお客さんに、前々から依頼されていた修理の仕事があり、休みを返上して作業に出掛けました。そして、週が明けて月曜日の朝。現場に向かうため、朝5時過ぎに資材をトラックに積み込み、ロープをかけて、最後に締めようと強く力を入れた途端、頭をバットで殴られるような激しい痛みに襲われたのです。転がり込むように自宅へ戻り、奥さんに病院へ連絡をしてもらいました。しばらく休んでから病院へ向かうと、すぐに検査、そのまま入院、手術をすることになりました。頭痛の原因は、くも膜下出血でした。家族には、「助かっても後遺症が残るかもしれない」と告げられたのですが、無事、手術は成功し、適切な治療と手厚い看護を受け、大竹さんは、奇跡的に助かり、わずか1カ月で退院することが出来たのです。
 大竹さんは、この時の体験を振り返り、何もかも、神様が助けて下さったおかげだ」と話されます。
 後日、診察して下さった医師からは、2回、血管が破裂していたと説明を受けました。1度目の破裂は、金曜日に屋根の上で仕事をしている時だったのでしょう。あの時は、小さな破裂だったため、その後、休んで回復したのだと思いますが、もしもあの時、屋根の上で2度目の時ような激しい痛みに襲われていたら、どうなっていたか分かりません。
 2度目の破裂が、月曜日の朝だったことも幸いでした。長い間、待ってもらっていたお客さんの仕事も、日曜日に無事済ませることが出来ましたし、もしも、現場との往復の道中で、トラックの運転中に出血していたら、どんな事故になっていたか分かりません。月曜日の朝、出掛けようとした矢先でのことだったので、家族もそばにいてくれて、すぐに対応してくれたから助かったのだと、大竹さんは、あの日のことを振り返るのです。そして、その後、何の後遺症もなく、現在まで元気に仕事が出来ていることを思うと、神様が、まだまだ自分を必要と思い、使って下さっているように思えてならないのです。そんな思いから、大竹さんは、仕事以外のことでも、頼まれることは何でも引き受けていかれるのです。
 そして、ご自身のこれまでの歩みを振り返りながら、「神様は、いつも必要な時に必要なことを差し向けて下さり、助けて下さる」と話されます。
 そもそも大竹さんが、自ら進んで教会に参拝するようになったのは、高校受験に失敗した頃、教会の奥様が、自分のことを心配して、懇々と神様の話や信心の話を聞かせて下さったことがきっかけでした。
 「今思えば、あの時、受験に失敗してフラフラしていた私に、しっかり話をして下さったのも、神様からの差し向けだったと思いますし、私が中学1年で父を亡くした時、知り合いの大工が、父に代わって会社に入ってくれ、自分の師匠となって、育ててくれたことも、神様からの差し向けだと思います。たとえつらいことや苦しいことがあっても、必ず神様が助けて下さると信じています」
 そう力強く話す大竹さんは、今日も、朝早くから忙しく働きます。でも、それは、神様に使って頂いているという、大竹さんの喜びの姿なのです。

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