春風のような心で


●信心ライブ
「春風のような心で」

金光教放送センター


 (ナレ)金光教の集会で行われた発表や講話などを録音で紹介する「信心ライブ」。
 今日は、福岡県直方のおがた市民会館で行われた講演会で、当時金光こんこう図書館長であった高橋行地郎たかはしこうじろうさんが、平成7年4月にされたお話を聞いて頂きます。
 この講演会のタイトルは、「喜び上手・感謝の名人」でした。
 高橋さんは、「日本は、ものは豊かな国になったけれど、それに反比例して心が貧しくなってきている」と感じられ、日々、「喜び上手・感謝の名人」になるべく、稽古に取り組んでおられます。

(高橋)そういうことで、私は少しずつ稽古をさせて頂いておるのでございますけれども。例えばですね、小川洋子さんという芥川賞作家の方がございますけれども、私の親戚筋に当たります。
 小さいころにお習字で金賞をもらったんです、金賞。それで、おじいちゃんの所へ、「おじいちゃん、金賞をもらいましたよ」と報告に行きました。そうしたら、ご褒美を頂いた。その袋の上に、中におそらくお金が入っていたのだと思いますけれども、袋の上にどう書いてあったかというとですね、「ご褒美」でもない、「お祝い」でもない。どう書いてあったかというと、喜ばせてもらってありがとう。そのお礼として、「喜ばせてもらったお礼」というふうに書いてあった。
 これは、私は小川さんから聞かせて頂きまして、なるほどなあ、と。そういうおじいちゃんの心というのがですね、何十年も経った小川さんの心のともしびになっておると、こう言うんです。おじいさんが「喜ばせてもらったお礼」と書いてポチ袋を孫に下さった、そのことで、ほのぼのとしたものを子どもながらに感じておる。これは時間が経っても忘れないんですね。そういうものをおじいさんは孫にバトンタッチをしておる。
 そういうことで、昔はそのようなことがあったんだと思うんです。ところが、段々ものが豊かになってきた時に、果たしてその心がどこへ行ってしまったのかなあと、これは私のこととして色々と思わせられる訳でございます。
 『概念砕がいねんくだき』、これはちょっと難しい言葉でございますが、そういうことも併せまして頂きます。既成の概念というものが、色々私どもが生活をしていく上であります。たくさんな概念に囲まれています。そういうものを元にして、ものを考えたり、生きていったりします。
 あるいは、慣習とか常識とか、通念とかいうような物差しでもって、生きていくということも致しますけれども、そういうもので生きてまいりますと、なかなか本当のものが見えない。本当の関係がつかない、というようなことにもなるようでございます。でありますから、私はそういう時に心のチャンネルを切り替える、ということを稽古させて頂くようなことでございます。
 一つのことに凝り固まらない、可能な限り柔らかくて大きくて広い心にならせて頂く、そういう考え方にならせて頂きたいなあと思っています。

 私のとても好きな歌がございます。この頃になるといつも思い出す歌でございます。それは、
「春風のごとき心を持ちたしと吹く春風に吹かれつつ思う」
「春風のごとき心を持ちたしと吹く春風に吹かれつつ思う」
 春風のような心、どんな心なんでございましょうか。自分もほんわかとしてくる、人様にもその温もりが伝わっていく、温もりの花が咲いて、喜びの芽が吹く、そういうことであろうかと思わせて頂きます。そういう心にならせて頂きますと、閉ざされていた世界が開かれてくる、そういうことにもなるのではなかろうか、というふうに思わせて頂きます。

(ナレ)いかがでしたか? 小川洋子さんとおじいさんのエピソード、「喜ばせてもらったお礼」というのがいいですねえ。話を聞かせてもらったこちらの方まで、ほんわかした温かいものを感じませんでしたか?
 高橋さんは、このお二人のやりとりから、既成概念にとらわれない考え方を大切に思い、春風のような心を連想されたんですね。自分だけでなく、人様にまでその温もりが伝わっていく、そういう心になると、世界が喜びであふれてくるのかもしれません。私も、春風のような心になりたくなりました。皆さんもどうですか?

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