●こころの散歩道
「今日は親切にしよう」

金光教放送センター
私は、大切な仕事を任され、出張することになった。出張先までは、私鉄と新幹線を乗り継ぐ長距離移動だ。まずは、私鉄の特急電車に乗り込んだ。
いつも混んでいるのに今日は席が空いている。「ツイてるかも」。そう思って腰掛けた途端、子連れの妊婦さんが乗り込んで来た。すぐに席を譲ると、お母さんの隣に腰掛けた女の子が、「おじさん、ありがとう」と言ってうれしそうにほほ笑んだ。「こんなに喜んでくれるなんて…。それにしてもいい気持ちだ。そうだ、今日は人に親切にしよう!」。そう思った。
人に親切にすれば、任された仕事も首尾良くいくような気がした私は、心の中で祈った。「どうぞ、親切にするチャンスに恵まれますように…」と。
新幹線の駅には、早く着き過ぎてしまった。乗るつもりにしているのは各駅停車の「こだま」。その出発までに、一列車、ホームで見送ることになりそうだ。私は、移動時間を利用して、今日の仕事の最終確認をするつもりだった。だから、早く目的地に到着する「のぞみ」ではなく、「こだま」に乗ろうと決めていたのだ。
程なく一つ前の列車が到着した。ドアが開くと、ビジネスマンたちが、慌ただしく下車して行く。その流れが途切れ、もう降りる人はないのかと思った時、足元もおぼつかない様子のおじいさんが、杖をつきつき、一人でホームに降りてきた。
チャンス到来である。私は、勢い込んで、「こちらに、エレベーターがありますよ」と、声を掛けた。
ところが、そのおじいさん、こちらをチラリとも見ないまま、一直線にエレベーターに向かって、私の目の前を横切って行ってしまった。ささやかな思いやりの気持ちを拒絶されたようで、私にはショックだった。
私は、おじいさんに拒絶されたその訳を探す。「よく聞こえなかったのか?」「いつも利用している駅なのだろうか?」「それとも…?」。
「そうか、そうかもしれない。私は、おじいさんのために、ではなく、自分の満足のために、親切を装うようなことをしていたのではないか。そんなまやかしだったから、おじいさんは、受け入れてくれなかったに違いない」。そう思った。
それから数分後、私は「こだま」に乗り込んだ。乗客もまばらなので、落ち着いて仕事の準備が出来そうだ。
ところが、私が座席に腰掛けようとした時、40代半ばと思しき女性の大声が、車内に響き渡った。私の後から乗り込んできたその女性は、通路を歩きながら携帯電話で話しているのだ。「なんて非常識な!」。怒りが沸き起こってくる。
「仕事の準備をしなくては…」と思い直して深呼吸した私の耳に、否応なく聞こえてきたのは、「もしもし、お迎えお願いね。今『のぞみ』に乗ったから。ええ、○時○分到着よ」という言葉だった。
「この女性、勘違いしてるんだ。これは『こだま』なのに。このままだと、電話の相手は、1時間以上も待たなきゃいけなくなるぞ。教えてあげようか…。いや、待てよ。『盗み聞きなんかして!』って逆ギレされたら、不愉快だよなあ…」
ホームで発車ベルが鳴る。その音は、窓越しに車内にも届いた。
「あなた降りなさい! これは『こだま』ですよ」
気が付けば私は、その女性の方を振り向きながら、大声で叫んでいる。なぜ自分がそうしているのか、自分の行いでありながら、何かにそうさせられたような妙な感覚に、私は、内心、戸惑っていた。
一方、その女性は、あっけに取られたような顔をして、無言のまま大急ぎで出口へ向かい、車内から姿を消してしまった。
列車は、滑るように動き始める。「あ~あ、やっちゃったよぉ。きっと、変な人だと思われたな」と、後悔し始めたその時、駅のホームから必死で私を探し、深々と頭を下げながら、「ありがとう!」と、聞こえない声をあげて列車を見送る女性の姿が、私の目に飛び込んできたのだった。
「とにかく、良かった」。私の祈りに応ずるように、神様が私に、親切をさせて下さったように思えた。うれしく、爽やかな心持ちに包まれながら、私は思った。「親切が成り立つにも、神様の働きが必要なのだ」と。
「困っている人がいることに気付き、出来ることを思い付いて、言葉や行動にしていく。そしてそれを、相手が笑顔で受けとめてくれる。そうしたことがあって初めて、私は、人に親切をすることが出来るのだ。簡単なようだけれど複雑で、不思議な働き。それを、神様は、この私に現して下さったのだ…」
「おっ、仕事、仕事」と、我に返った私は、窓の方へ目を向ける。車窓を流れていく田畑や街の景色が、こう私に語り掛けてきた。
「あなたも、あなたの周りの人たちも、みんな素敵な力を授かって、今生きているんだよ」と。
