いい人?


●こころの散歩道
「いい人?」

金光教放送センター


 最近、左膝の調子が良くない。今まで膝が悪くなったことなど1度もなかったのに、もう年なんだろうか、階段を降りる時、ズキッと来ることがよくあるのだ。「しばらく我慢していればそのうち良くなるだろう」と安易に考えていたのだが、それがなかなか良くならない。仕方がないので、思い切って近くの整形外科で診てもらうことにした。
 朝9時、受付を済ませて待合室へ行くと、もう大勢のお年寄りの人であふれかえっていた。みんな顔なじみなのか、あちこちで話が弾んでいる。私は黙ってテレビを見ていたら、隣のおばさん3人組の、楽しそうな会話が耳に入って来た。私の存在など、まるで眼中にないようだ。
 「ねえねえホラ、今度出来た、ホラ、駅前のお医者さん…」
 「あの、白い建物?」
 「そう。あそこの先生、大学病院から来たって聞いたから行ってみたのよ」
 「で、どんな先生だった?」
 「それがね、若い先生で、ちょっと頼りないの」
 「頼りないって?」
 「病状を聞いてね、それからパソコンで調べるの」
 「そりゃあ頼りないわね」
 するともう一人のおばさんがすかさず割り込んできた。
 「私が通ってる、クリニックの先生、いい先生よ~」
 「へえ、どんな、どんな?」
 「何でも私の言うこと、聞いてくれるの。疲れてるから、ビタミン注射して、って頼むと、何にも聞かないで、すぐしてくれるし」
 「いいわね、それ」

 私はそのおばさんたちの話に、「それって、ホントにいい先生なの~?」と、思わず声が出そうになった。

 ある晴れた5月の日曜日、所用で京都まで出掛けることになった。乗るのはいつもの電車、姫路からだと片道約1時間半、通勤、通学の人たちでごった返す平日の車内とは違って、さすがに日曜日の車内はゆったりしている。
 電車が出発して少しウトウトしかけたころ、向かい合わせの席の、50歳くらいのおばさん2人の話し声が聞こえてきた。勤め先の上司の悪口を、大きな声でやりだしたのだ。普通、人の悪口を言う時にはヒソヒソと、小さな声で言うもの。ところが旅先の油断からか、電車の中だというのに声がやたらとでかいのだ。
 「そうよ、私よりずっと若いくせして、偉そうに言うのよ」とか、「ろくに仕事も出来ないくせに、人がちょっとでもミスすると、みんなの前で罵倒するの」とか、とにかく次から次へと出てくる出てくる。私はだんだん目が覚めてきてしまった。が、目を開けるわけにはいかないから、寝たふりしてその話を聞いていた。
 一しきり悪口を言ったので心が晴れたのだろうか、今度は一転して違う上司の奥さんの話になった。
 「それがいい人なのよ、この奥さん」
 「ふーん、そうなの?」
 「ええ、とにかくいい人なの」
 私はもう、完全に目が覚めていた。目は塞いではいたが、耳に全神経が集まっていた。ものすごく興味があったのだ。このおばさんの言う、「とにかくいい人」とは、一体どんな人なんだろう。
 「それがね、時々職場にクッキーを持って来てくれるのよ、みんなで食べてって」
 「そりゃあ、いい人だわ」
 「でしょう。そんないい人、なかなかおらんよ」
 そんな会話を、今度は2人とも真面目にし始めたのだ。私はこの会話がおかしくて、笑いをこらえるのに必死だった。正直に言うと、ちょっとバカにしていたかもしれない。
 「あんたたちの言ういい人って、クッキーを持って来てくれる人のこと~?」

 もう大昔の、私が高校の時のことだが、遊びに行った隣町で、今でも忘れられない出来事があった。
 校内では知らない人がいないくらいの不良だった同級生のA君が、道路が渡れずに困っていたおばあさんの手を引いて渡っている姿を、偶然見掛けたのだ。ビックリして私は自分の目を疑った。いつものA君とは違った感じがしたが、それは紛れもなく、A君なのだ。
 その日以来、私の彼への評価は〝いい人〟に一変してしまった。

 〝いい人〟の定義付けは難しい。どんな人を指して〝いい人〟というのか、考えれば考えるほど、分からなくなってくる。自分に都合のいい人? 判断の基準は人それぞれで違うのかもしれない。
 そんなあやふやな〝いい人〟なのだが、正直に言うと、それでも出来たら私は、〝いい人〟でいたい気がするのだ。
自分なりに考えた〝いい人〟とは、自分の損得など何も考えず、他人のために何かが出来る人のこと。どんなに優れた考えをしていても、考えているだけで、実際に人のために何もしてないのであれば、それは決して〝いい人〟とは言えないように思うのだ。
 しかし、そんなことを考えていると、今まで、自分のことを〝いい人〟などという思いが、少しだけあったのだが、どうも、そうではないような気がしてきた。
 〝たかがクッキーごときで〟と、他人のことを笑ってしまったが、その〝ごとき〟でさえ、私は何も出来ていないのだから。
 おばさんたちがいなくなって静かになった車内で、私は、何も出来ていない自分が、だんだん気になってきて仕方がなかった。

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