心のごちそう


●あなたへの手紙
「心のごちそう」

金光教放送センター


 私は、今年の秋に15回目の結婚記念日を迎える、40代の主婦です。
 結婚して数カ月が経ったころの、父が入院中のことでした。しばらく付き添っていましたが、なかなか容体は良くならず、気が重いまま、姉と交代して一度自宅に帰りました。

 玄関を開けると、炒め物のおいしそうな匂いがしていました。
 「ただいま~」と様子をうかがいながら台所に入ると、コンロの前に立つ夫。そして、夫の傍らから、チャーハンが半分詰められたお弁当箱が見えました。
 「おう、帰って来たか。お疲れさん」
 夫は私の気配に気付き、ハッ、と一瞬私の方に顔を向けましたが、すぐにまた視線をフライパンへと戻しました。夫が持つフライパンからは、ジュージューと音が聞こえます。
 「出来た!」と言いながら、私の目の前に差し出し、見せてくれたのは卵焼きでした。お弁当箱のもう半分には、これを詰める予定だったようです。
 夫はちょっと照れ臭そうに、「弁当作って持って行ってやろうと思ってな」と言いました。その表情は、私を驚かせようと思っていたことがかなわなくなったせいか、少し残念そうにも見えました。
 「まあ、ちょうどええわ。出来たてのアツアツや。お腹すいたやろ。さあ、早よ食べ」
 男気が強く、料理などするタイプには見えない夫ですが、その思いやりあふれる行動に、私は胸が熱くなりました。
 あふれ出そうになる涙をこらえながら、勧められるまま口にした卵焼き。ちょっと焦げ目が付いた、甘~いその味は、私にとって何よりのねぎらいとなり、沈んでいた心が軽くなってくるのを覚えました。

 小学生のころ、風邪を引いて学校を休んでいた時のことです。
 トントントントン…。寝ている2階の部屋に向かって、母が階段を上がって来ます。私はその足音が聞こえてくるのが楽しみでした。
 「良くなった?」「ごはん食べる?」
 様子を見に来て、構ってくれることがうれしくて、この日も心待ちにしていました。
 トントントントン…。あっ、来てくれる! 
 母は、布団の中の私の顔をのぞき込むなり、「買い物に行くけど、何か食べたい物ある? 何がいい?」と、意気込んだ様子で私に問い掛けます。迫ってきた母の表情からは、「何も要らないとは言わさないよ。しっかり食べて早く元気にならないと…」という言葉まで聞こえてくるようでした。
 母の思いに反して、私は食欲がなく、食べたいと思う物がありません。けれど何も要らないと答えると、がっかりさせてしまうのではないか、と幼いながらに察知しました。
 「とりあえず何か答えよう…、何がいいかなぁ、負担を掛けず、手に入りやすい物がいいなぁ、何かないかなぁ…」と、考えを巡らせ、思い付いたのが「あんパン」でした。母に向かって、「あんパン」と答えました。しかも、「こしあんのあんパンがいい」と注文しました。
 「ああ、これで母をがっかりさせずに済んだ」と思えて、私は満足でした。注文を取り付けた母は、私以上に満足そうでした。
 トントントントン…。「あったよ~、こしあんのあんパン」。うれしそうな、弾んだ声が聞こえます。
 「良かった~」。ホッとして、私も何だかうれしくなりました。そして、買って来てくれたあんパンを手にした途端、本当にあんパンが食べたくなってきました。一口ちぎっては口に入れ、ちぎっては口に入れ、あんパンってこんなにおいしい物だったかと、不思議な気持ちにもなりながら、結局、丸々1つペロリと食べてしまいました。

 私自身が入院した時のことです。朝食に食パンが出ました。それを包んだプラスチックの袋には、パン屋さんの名前と、「1日も早く全快されますよう、お祈り致します」というメッセージが印刷されていました。
 袋を開けながら、パン屋さんまでもがパンを作りながら、回復を祈ってくれていると思うと、うれしくて、感激して、入院中の励みにもなりました。食べ物に込められた人の思いや祈りが、心を支え、いのちの支えにもなっていることを実感しました。

 体調が優れず、食欲がない時や、心が疲れて折れそうになった時など、ふと、思い出の卵焼きとあんパンの味がよみがえってくることがあります。日々食事を頂いていますが、時に、心にもごちそうを頂いているように感じることもあります。

 夫や母、そして、パン屋さんの祈りに力付けられ、支えられたことを思い返しながら、私も周りの人にそんな温かい働き掛けが出来ていくように願っています。

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