ビバ! 大阪人


●先生のおはなし
「ビバ! 大阪人」

大阪府
金光教松島まつしま教会
和田晴子わだはるこ 先生


 皆さんは〝大阪の人〟というと、どのような印象をお持ちですか。
 「明るくパワフルで、お金に細かくせっかちで、大きな声でとにかくよくしゃべる!」。九州の田舎で生まれ育ち、〝大阪の人〟というと、テレビでみる漫才師やタレントのイメージしかなかった私は、そういう印象を持っていました。そんな私が、まさか大阪の街へお嫁に来るとは…。
結婚し、主人の両親と同居しています。最初の頃、食卓での家族の会話が全く聞き取れませんでした。テンポが速い上に、前の人の話が終わらないうちに、次の人がかぶせぎみに話をし始め、また次の人がかぶせて話をします。
 お母さんの話に、お父さんが返事をし、それに主人が相づちをする。お母さん、お父さん、主人。私もその会話に参加しようとタイミングを計っていると、気が付けば次の話題に進んでしまいます。
 最初は、「大阪のテンポにまだまだついていけないな」と思う程度でしたが、「誰かが話している間は黙って聞くものだ」という九州の土地で育った私は、だんだんと、「人の話は最後まで聞こうよ!」という思いが湧いてきたのです。
 その考えが変わったのは、お嫁に来て半年ぐらい経ったころ、金光教の青年たちの集まりに参加した時のことです。
 みんなの会話を聞いていると、いつものように、かぶせ合いながら話をしているのですが、お互いの話はちゃんと聞いているようで、最後にはちゃんと理解し合って、笑い合って会話が終わっているのです。「なるほど」と思いました。そして、「大阪の人のボケもツッコミも、大阪の人たちの優しさなのではないか」と思ったのです。
 相手の話をよく聞いていなければ、ボケることもツッコむことも出来ません。ツッコミを入れる人は、ボケている人の話を、「どんなツッコミを期待しているのか」と、最後までしっかり聞いて、絶妙なタイミングでツッコミを入れています。
 さらに、誰かがあまり面白くない話をした時には、「しょーもなぁ」と、あえて周りに聞こえるような大きな声で言うことで、それに対して周りが笑ってくれ、何となくその場が明るく治まるという、そんな優しい心配りまでが自然となされているのです。
 よく相手の話を聞いて、ノッてあげて、ツッコンであげて、相手に気持ちよく話をさせるというのは、もしかしたら、浪花なにわ商人あきんどたちが、長い間かけて育んできた、優しい人付き合いの文化なのではないかと思え、私なりに妙に納得がいきました。
 久し振りに会った人に、私だったら、「久し振り! 元気?」と言います。しかし大阪の人は、「おぉ、久し振り! 最近どない?」と聞いてきます。
 「元気?」と聞かれると、「元気よ」で終わってしまいますが、「どない?」と聞かれると、人間というのは反射的に、今、困っていることや悩んでいることを言ってしまうことが多いようです。「どないもこないもありませんわ~」と言いながら、息子がどうとか、娘がどうとか、商売がどうとか、体のどこが痛いとか…。
 こういったやりとりを聞き、初めは、「大阪の人って、よくぐちをこぼす人たちだなぁ」と思っていたのですが、最近では、「どない?」と声を掛けることによって、相手の心のモヤモヤを吐き出させてあげているのではないか、そう思うようになってきました。
 ひとしきりぐちぐち話をし合っては、大抵、最後は明るく、「ほな、また!」で別れていく。心の中にあるさまざまな思いを聞いてもらって、最後には、それを笑い飛ばして、お互いに心を軽くしてもらって話が終わる。もしかしたら大阪の人は〝日本一聞き上手な人たち〟なのかもしれません。

 私自身これまで行き詰まったり悩んだりした時に、教会の先生に話を聞いてもらってきました。先生は私の話をじっくり聞いて下さり、そのことを神様に一生懸命祈ってくれます。そんな時、「自分の思いを聞いてもらえるところがある」ということがありがたく、それだけで心が助けられることが何度もありました。

 『聞き合ひが まことの話し合ひなりと しみじみ思ふ 話ききつつ』
 『聞き合ひが まことの話し合ひなりと しみじみ思ふ 話ききつつ』

 これは、金光教の前の教主、金光鑑太郎こんこうかがみたろう先生が詠まれたお歌です。
 人間にとって、相手に十分に話を聞いてもらうということは、とても大切なことであり、こちらの意見を分かってもらおうとするよりも、まずは十分に相手の話を聞かせてもらうことが大切なのだということを、このお歌を通して改めて思います。
 今、私の隣で、「なるほど、なるほど」、「ほんまですか、ほんまですか」、「分かりました、分かりました」と、電話の相手に、呪文のように同じ相づちを2度繰り返している主人。ただの主人の癖だと思っていましたが、これもまた、「あなたの話、よく聞いてまっせ」というアピールなのだと気が付きました。そこには、「聞きあひ」をして、「まことの話し合ひ」をしようとする願いが込められているのだと思います。
 結婚して6年、ボケやツッコミ、3段オチを求められても、私にはまだまだ出来ませんが、聞き上手の文化の中にある相手を思いやる優しさは、ぜひ見習っていきたいと思っています。
 皆さんも今日一日、学校で、会社で、家庭で、誰かにとっての良い聞き手となれますように。

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