大地震大津波に出遇って


●先生のおはなし
「大地震大津波に出遇って」

宮城県
金光教石巻いしのまき教会
井上直文いのうえなおふみ 先生


 はじめに、昨年3月11日の大地震、大津波にわれ思いも寄らない大きな難儀を被られた方々、そして、今なお難儀の中にある方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げ、その難儀からの助かりと立ち行きを神様にお祈り申し上げずにはおれません。
 私も石巻いしのまきで、大地震大津波に出遇い、大自然の脅威と人間の力の限界を痛感させられました。津波の去った後、残されたこの21世紀の世とは思えない惨状を目の前に、絶望と不安に押し潰されそうな中、計り知れない神様のお働きと多くの方々の深いお祈りと厚いご支援を受け、希望と安心を取り戻し、一歩一歩着実に復興の歩みを進めています。本当にありがとうございます。そして、絶え間ない神様のお働きと皆様のお祈り、ご支援の一つひとつにお礼が行き届かないことのお詫びの気持ちでいっぱいです。
 私が体験したこと、見たこと、聞いたこと、知っていることは、極々一部のことですけれども、今として、思うところをお話させて頂きます。

 最初に、石巻市、東松島ひがしまつしま市、女川おながわ町、2市1町からなる石巻地方の被害状況について申しますと、3月11日のあの痛ましい有り様は、皆様がテレビや新聞雑誌でご覧になった通りです。人の命に関わるところでは、暮らしていた人の数に対して、およそ36人に1人の方がお亡くなりになり、あるいは未だ見つかっていません。町に住む誰もが大切な人、親しい人を亡くし、つらく悲しい思いをされています。また、建物の被害の一部ですが、全戸数のおよそ2軒に1軒の住まいが、流失、全半壊により、多くの方々が不自由な生活を強いられています。本当に大きな大きな被害です。
そういう中に、幸いにも私たち家族は命を落とすことなく、教会の建物は傷みは激しいものの、何とか教会活動と生活を営むことが出来ています。
 振り返れば振り返るほど、平成23年、3月11日、金曜日。天気は雪。2時46分の激震、3時48分の大津波到達。教会のある場所、それぞれが居た場所。それぞれのその日その時間の勤め。あらゆる物事の何かが一つでも、ちょっとでも違っていれば、教会は流失していてもおかしくないと思わせられます。家族の誰かが命を亡くしていてもおかしくありません。日を重ねるにつれて、そう思えてなりませんし、〝深い神様のお計らい〟を強く感じずにはおれません。しかし、それは、難儀に遭われた多くの方々の痛み悲しみ苦しみと背中合わせであるということを決して忘れてはなりません。
大地震大津波に出遇って1年になります。
 これまで、思いもしなかった様々な困難や悲しみやトラブルにも出遇ってきました。水道、電気、ガスを一切断たれた不自由な生活。どこにいてもどこを触っても泥まみれ、ほこりまみれの生活。大切な人を亡くした方の深い悲しみに触れる時のいたたまれない気持ち。先の見えない生活再建への不安。お互い助け合いながらも時として起きる人と人とのトラブル…。
 その度に、どうしてこんなつらい目に遇わなければならないんだ。いつになったらこんなつらい思いをしなくて済むようになるんだ。地震も津波も夢だったらいいのに、ウソだったらいいのにと、これまで何度も何度も復興に向かう心が折れそうになりました。しかし、どっちを向いても、いつになっても、夢でもウソでもない。受け止めていくしかない現実です。そして、ありのままを受け止め、その中で生きていく私であるという事実です。
 あの日以降、いろんな思いが移り変わりいく中、変わらぬ思い、そして強くなっていく思いがいくつかあります。その中の一つに、この大地震大津波と私の関係はいったいどういうものなのか、という問いを持ち続けています。

 金光教の教祖様は「天地は生き通しである。天地が生きているから、人間もみな生きていられるのである」「天地のことをあれやこれやと言う人があるが、人間では天地のことはわからない。天地のことが人間でわかれば、潮の満ち干も止められよう」と説いています。大地震も大津波も、太古から繰り返されてきた、地球が地球であるための営みであり、決して人の力の及ぶところではなく、人がコントロール出来るものでもない。その地球の上で、天地のお働き、恵みを受けていかなければ生きることの出来ない私たち人間なのではないでしょうか。
 その信心を進める私として、平易な稚拙な言葉ですけれども、私なりに現しますと、「私の住んでいる石巻の町に大津波が来てメチャメチャにしてしまったのではない。大地震、大津波、台風、暑すぎる日、寒すぎる日があり得る天地、その天地の一隅の石巻の町にただ私は住まわせてもらっているだけなんだ。3月11日以前もそうであったし、あの日あの時もそうであった。そして、3月11日以降、これまでも、これからもずっと私は、天地のお働きの中で神様のおかげを頂いて、大地震、大津波が起こり得る石巻の町にただ住まわせて頂いていくのだ」と思うのです。大津波を〝天災〟として、敵とみなして憎みつつの復興ではなく、〝天地の営み〟として謙虚に受け止めつつ復興を進めていく生き方こそ、天地の中で生かされている人間としてのあるべき姿ではないでしょうか。だから私は、〝震災を受けた私〟〝被災した私〟ではなく、〝大地震大津波に出遇った私〟なのだと思うのです。
 そういう思いで、天地と私の関係、順序、立場を大切に忘れずに、これからの復興の歩みを進めさせて頂きたいと願っています。
 今として私が思うところをお話させて頂きました。ありがとうございました。

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