●先生のおはなし
「突然の病」

愛媛県
金光教伊予新宮教会
石川教子 先生
皆様、お早うございます。
さて皆さんは、今朝、目が覚めた時、一番に何を思いましたでしょうか。
「よく眠れてうれしいなあ」「昨日の疲れはすっかりとれている、ありがたいなあ」ですか? それとも、「あ~あ、もうこんな時間か、もっと寝ていたいなあ」でしょうか。今日はあれをして、これをしてと、すぐ仕事のことが頭の中を巡ったという方もいるかもしれませんね。
私は朝、目が覚めると、両手を動かしてみるのです。両足を動かしてみるのです。「ああ動く、良かった、ありがとうございます」と神様にお礼を言います。私にとって両手、両足が動くことが当たり前のことではない。ものが言えるのも、食べることが出来るのも当たり前のことではなくなったからです。
私は愛媛県にある金光教の教会で奉仕しています。今から4年近く前のある日、私は、参拝者の方と一緒に朝のお祈りをしていました。10分ほど経ったころでしょうか、突然体の力が抜けて前に倒れ、次の言葉が出て来なくなったのです。一緒にお祈りをしていた方が私の異変に気付き、すぐ夫に知らせてくれました。私には、頭が痛いとか、吐き気があるとか、手足がしびれるというような感覚は全くなく、自分の体に大変なことが起こっているという自覚がありません。しかし現実には、左の手や足に、そして顔面や舌にもまひが起きてきていたのです。
それでも私の口から出てくる言葉は、「大丈夫、大丈夫」で、しばらく横になっていました。しかし、ただごとではないと思った夫が、救急車を呼んでくれ、私は病院へ搬送されました。
病院では簡単な問診の後、すぐに血液検査をし、CTやMRIの撮影が行われました。結果は、心臓で出来た血の塊が脳血管に流れ込んで脳梗塞を起こしていました。直ちに薬を使ってその血栓を溶かす処置をして頂きました。
おかげで、間もなく左足が、次いで左手が動き出し、顔面と舌のまひも続いて回復いたしました。担当して下さったお医者さんに、教会でお祈りをしていた時に発症したことを話すと、「神様に助けて頂いたのですね、奇跡でしたよ」とおっしゃいました。リハビリの計画も立ててくれていましたが、私にはその必要がないほどの回復でした。
神様に守られて助けて頂いたなあと思いました。
発作が起きたのが、教会でお祈りをしている時のことでした。人の幸せを祈り続けてきた場所です。これほど安心な場はないと思います。前日と前々日は、仕事で神戸に出掛けていました。道中でなくて、車の運転中でなくて本当に良かったと胸をなで下ろしました。また、決まった時間のお祈り中でしたから、信者さんも一緒で私の異変に気付いてもらえました。夫もたまたまその時間に教会にいました。
この病は、”時間”が回復のカギを握りますが、消防署が近いこと、そして病院まで車で20分ほどの距離であることも幸いしました。血栓を溶かす薬を使えるのは、発症後3時間以内ですが、かろうじて間に合いました。この薬が日本で認可されたのは、その年の初めだそうです。ただ、よく効く薬だけに、副作用の恐れがあり、慎重に私の体調を見守りながらの処置だったようです。
こうして副作用もなく、後遺症もほとんどないほどに回復出来たのですが、しばらくはこんなに元気だった私がどうしてこんな病気に? という思いにとらわれていました。直前に受けた健康診断では血圧も血糖値もコレステロール値など、すべて異常なく、それまで身体に不調を覚えることもありませんでしたから。しかし元気だったからこそ、この薬も使え、ここまで回復出来たことが分かりました。
またどこかへ出掛けるにも、車を運転する時も道中で何かあったらどうしようと、不安がいっぱいでした。しかしまるで奇跡のように、様々な有難いことが重なって回復出来たことが分かった時、いざという時は神様が守って下さる、と思えて不安が和らいできました。
ただ、まひが回復したとはいえ、微妙に体に違和感はあります。その一つは言葉が出にくいことです。それで、人の前で話をするのに苦痛を覚え、尻込みをするようになっていました。
病気から3年ほど経過したころ、お医者さんから、血栓を溶かす薬を使える人は、病院に来た人、100人の内20人ほどで、その中でも薬の効力がある人はわずか1人くらいだと聞かされました。私は、そんな狭き門をくぐり抜けていたのでした。これを聞いて、私は”話せる”ということを厳粛に受け止めました。
流ちょうでなくてもいい、話せることをもっともっと大切にしよう。このことがないと、私はきっとそのうちに、神様に守って頂いて今がある、ということを忘れてしまう。これはそれを忘れないための試練であると受け止めました。
この病気は再発の確率が高く、確かに不安はあります。でも、不安で今のいのちを曇らせたくありません。今、頂いている、たくさんの出来ることを喜び、活かしていくことにいのちを燃焼し、お役に立ち続けたいと思うのです。
