小川洋子の「私のひきだし」その6 第3回「循環する信心」


●小川洋子の「私のひきだし」その6
第3回「循環する信心」

金光教放送センター


 皆様、おはようございます。作家の小川洋子おがわようこです。『私のひきだし その6』。本日は3回目になります。今回は孫の話をしたいと思います。
 私には7歳と4歳、2人の孫がいます。7歳の孫はちょうど歯が生え変わる時期で、前歯がグラグラし、抜けそうで抜けず、ものが上手く食べられないけれど、引っ張って抜く勇気はとてもない、という状況に陥り、しくしく泣いていました。そこで私が、「金光こんこうさま、金光さま」と言いながら口元を撫でてやっていますと、そばで見ていた4歳の妹が、「金光さまって、効くの?」と尋ねてきたのです。
 金光さまに効き目があるかどうか、そうあからさまに聞かれたのは初めてで、私も不意を突かれました。何という直球の疑問でしょう。いや、まあ、神さまの効き目は薬みたいに分かりやすくはなくて、つまり、おかげ、というもっとありがたいもので……などとあれこれ考えているうち、気づくと、ポロリと歯が抜けていたのです。金光さまはやっぱり効いたのだ、と納得したのかどうか、孫は二人とも笑顔になりました。
 さて、昨年、お嫁さんのお父さんが六十代の若さで亡くなりました。病気が見つかってから、治療の方針を決める間もなくどんどん症状が重くなり、あっという間の最期でした。働き者で、頼りになる、一家のボスのような存在でしたから、周囲の皆がその現実を受け止めきれず、ただ茫然と涙を流すばかりでした。孫二人にとっては、生まれて初めて、おじいさんを亡くす経験をしたことになります。
 お葬式の日、7歳の孫は、折り紙で自分が大好きな魚を作り、色鉛筆で丁寧に鱗も描いて、棺の中の、おじいさんの顔のそばに置きました。火葬場に到着し、係の方が棺の一部を開け、「いよいよ最期のお別れです」と言いました。すると、霊柩車の中で揺られたせいでしょうか、魚の折り紙がちょうどおじいさんの顔の真上に載っていたのです。その時、ごく自然に優しい空気が流れました。
「これじゃあ、顔が見えないなあ」
「お別れができん」
 誰からともなく、笑い声が起こりました。皆が涙を浮かべながら、なぜか小さな笑みをたたえていました。魚の下で、おじいさんも微笑んでいるかのようでした。
 その後、お骨になったおじいさんの姿を見た孫は言いました。
「僕の作った魚はどこいった?」
 私は答えました。
「天にのぼるおじいちゃんが一人ぼっちで寂しくないように、お魚が一緒について行ってあげたのよ」
「ああ、そうか」
 自分が役に立ててよかった、と思ったのでしょう。孫はとても満足そうでした。
 死の中にも微笑みがある、満足がある。それを実感させてくれたのが、孫です。死の意味など知らないはずの幼子が、一つの死を物語の形に変えてくれたのです。この世での役目を終えた死者が、一匹の魚と一緒に、新しい世界へと旅立ってゆく。その姿が、私の胸にありありと浮かびました。いつしか、ただ悲しいだけの涙が、神様にお礼を申し上げたくなるような涙に変わっていました。
 幼子は驚くべき力を秘めています。生れてきたばかりだからこそ、神様のおそばにいた記憶がまだ残っているのではないか、ただそれを説明する言葉を持っていないだけだ、と思ったりします。
 教祖金光大神様はこんなふうに仰っています。
「死ぬというのは、みな神のもとへ帰るのである。魂は生き通しであるが、体は死ぬ。体は地から生じて、もとの地に帰るが、魂は天から授けられて、また天へ帰るのである。死ぬというのは、魂と体とが分かれることである。」
 つまり、幼い子どもは、魂と体が一つになって間がない状態、と言えるでしょう。だからこそ、神様から授けられた魂の記憶が、大人よりずっと鮮明なのかもしれません。
 信心を次の世代につないでゆくことは、金光教においても重要な問題になっています。私自身、できるだけ多くの若者が金光教と出会ってくれたら、と願っています。ただ、信心は一方通行で伝わってゆくものではありません。私は幼い子どもと接する中で、金光教の本質的な考えに気づかされることがしばしばあります。彼らは頭でこしらえた道理ではない、もっと無邪気で、素朴で、自由な発想の中に生きています。そういう彼らが予想もしない信心のヒントをくれるのです。神様を出発点にして、信心はつながり合い、循環してゆくものではないでしょうか。
 今日はこれでおしまいです。来週はとうとう最終回になります。どうぞよろしくお願いいたします。

タイトルとURLをコピーしました