●第1回
「かんべむさしの金光教案内8」

金光教放送センター
おはようございます。かんべむさしと申します。職業は作家でございまして、日本文藝家協会と、日本SF作家クラブの会員になっております。今朝から週1回、『かんべむさしの金光教案内』と題しまして、5週にわたってお話をさせていただきますので、どうぞよろしく、お願いいたします。
そこでまず第1回目は、金光教の教祖さんを紹介させていただきますが、教祖さんは幕末時代の備中大谷、今の岡山県浅口市金光町で、農業をしておられた方です。子どもの頃から神仏に参るのが好きで、成長してからも熱心に信心を続け、村人たちからも篤く信用されてた、温和で正直な方でした。
しかし一方、子どもを3人亡くしたり、自分も大病をしたり、飼っている牛が2頭も死んだり、いろんな苦難を経験されました。そしてその苦難を通して信心を進め、厳しい修行もなさいました。その結果、神様と自由にお話をさせていただけるようになって、人助けをされるようになられたんですね。
人の願い事や悩み事を神様に申し上げ、願い事ならかなえてもらい、悩み事なら解決していただく。そしたらその目覚ましい実績が評判になって、近郷近在や遠くの土地からも、大勢の人が参ってくるようになりました。それで結局、神様からの指示を受けて、農業をやめて人助けに専念されだしたんです。神と人との仲立ちになって、人の願いを神に取り次ぎ、神の思いを人に取り次ぐ。そして願いをかなえてもらい、難儀も解決していただく。それでこれを「取次」と申しまして、金光教の根本になってる働きです。
ですから、全国各地に1500ほどある金光教の教会では、現在も教会長やその教会に所属しておられる先生が、毎日この「取次」をしておられます。誰でも、いつでも、どんな願い事や悩み事でも、遠慮なくどうぞという、教祖さんをお手本にした姿勢です。
おまけに、これも教祖さん以来の伝統で、賽銭やお供えは全く自由で、義務も強制もありませんし、いつやめても何も言われません。ですから私は、40代後半で金光教に御縁を頂き、初めてそういった事実を知った時、「得心のしやすい、入りやすい宗教だな」と思いました。実際その通りで、経済面でも心理面でも負担のかからない、ありがたい伝統なんですね。
ところで、他の大方の宗教と同じように、金光教にも教典がありますが、これは教祖さんや信者さんたちのいろんな話を集めた、分厚いエピソード集になっております。そして私は初めて読んだ時、神聖な書物というよりは、「幕末から明治にかけての、人々の暮らしぶりがよく分かる、面白い読み物だな」と感じておりました。と同時に、「間口が広くて奥行きの深い宗教だな」と感じさせられる教えも載っておりまして、例えば教祖さんは、他の宗教を悪く言った信者さんを、こう諭しておられます。
「人のことをそしる者がある。神道はどう、仏教がこうなどと、そしったりする。自分の産んだ子供の中で、一人は僧侶になり、一人は神父になり、一人は神主になり、また、役人になり、職人になり、商人になりというようになった時、親は、その子供の中でだれかがそしられて、うれしいと思うだろうか。他人をそしるのは、神の心にかなわない。釈迦もキリストもどの宗祖も、みな神のいとし子である」
ちなみに、金光教ではその神のことを、天地金乃神と称しておりまして、これは天地、つまりこの宇宙を生み出して成り立たせている、根源の神様という意味だそうです。そして私が思いますのに、呼び名はいろいろでしょうけど、神を拝むどの宗教も、つきつめればそれと同じ存在、この宇宙にあまねく満ちわたってる、大いなる意思のようなものを、神と称して崇めてるんだろうと思います。
そして教祖さんは、神は人間というたくさんの子どもを持つ親であって、その中には宗教の教えを説く者たちもいるが、親はどの子どももかわいいのだから、あちらの教えはどうだとかこうだとか、その親を悲しませるようなことを言うもんじゃありませんよと、そう言っておられたわけですね。
ですから私は、「穏やかな教えだな」と思いましたし、他の宗教をそのまま認めておられるところに、間口の広さ、奥行きの深さを感じたわけです。実際、「釈迦もキリストもどの宗祖も、みな神のいとし子である」という教えも、教典に収録されてるわけですが、自分のところの教典に、他の宗教の創始者の名前が良い意味で出てくるという宗教は、あんまりないんじゃないでしょうか。
はい。というわけで、第1回目の今朝は、金光教の教祖さんのお話を、させていただきました。ありがとうございました。
