●先生のおはなし
「目に見えない働きの中で」

京都府
金光教三条教会
竹本俊二 先生
(ナレ)おはようございます。案内役の岩﨑弥生です。今日は、京都府・金光教三条教会 竹本俊二さんのお話で、「目に見えない働きの中で」。
(本文)夜寝る時、ひょっとして明日の朝、目が覚めないかもと、思ったことはありませんか? おそらくないと思います。明日の予定、宿題、おしゃれの事など気にしながら、「あ~疲れた。眠いなあ」と言って寝るのではありませんか?
朝になったら目が覚めて、朝食を食べたり食べなかったり、ああでもない、こうでもないと忙しく一日を過ごし、やれやれと言いながらまた床に就く。喜怒哀楽、様々な出来事が毎日毎日繰り返されます。今日もおはようございます。ふと立ち止まって日々の事を振り返る時間を持つと、当たり前とは本当にすごい事の連続だと気づきます。
今から8年前、私は、いろいろな心配事が重なって、その頃から便通の調子が悪くなりました。人は誰しも大きな便り、小さな便りがあります。しかし不順が続くと気分がさえず、4、5日苦しむ人もおられるかと思います。私がそうで、なかなか出ない。出ても用する時間が長い。年のせいなのか? 精神的なものなのか、はたまた何か異常があるのか? 結局知り合いのお医者さんの薦めで、胃と大腸の内視鏡検査をすることになりました。
すごい世界です。自分の体の中、胃や大腸の中を目で見ることができる。決して普段見ることのできないところ。そして顔がみんな違うように、大腸も十人十色で、形も反応も違うとのこと。まさに不思議な小さな宇宙が私の体の中にある。しかも、何も言わずに毎日黙々と働いてくれているのです。
検査の結果、胃は特に異常なし、大腸はポリープ発見で切除。結局、病理的な異常はなかったものの、便通は変わらず不順が続いています。自分の意志ではどうすることもできず、かつデリケートな臓器なので、いろいろな要因で不順が起こるようです。
昨今、お米が高い。野菜が高い。魚が高いと、不満の声が先に出てくる。けれど、どんな食材を購入するにも、いろいろな人のお世話になっている。そして、家族の健康を願い、やりくりしながら献立を考え、調理してくれる人がいる。食べる方は、思うがままに口の中に入れて、おいしい、まずいと好き勝手に言っています。
食べ物が口に入ると、栄養になるものは分解吸収されて、体中に血液で運ばれる。そうでないもの、老廃物は、大きな便りになって出てくる。食べたり、飲んだりは自由にするけれど、肝心な消化吸収は自分の意思ではどうすることもできない。当たり前な不思議な働きに任せきっている。その働きが、いかに不思議で素晴らしいものなのか、私は検査をして改めて知りました。その全ての働きを神様の働きと感じるのです。
どんなに恵まれた中でも、人は不足を見つけるのが得意のようで、私も何か不都合なことを見つけては愚痴を言ってしまいます。ありがたいことと分かっていながら、「でもね」と付け加え、「もっとこうだったら。ああだったら」と欲を出します。「ありがとうございます」と素直にお礼を言うことが抜けてしまいます。便通の調子が悪いのは、私にとってお礼の心を忘れないための神様からのプレゼントとして大切にし、これからもトイレのお世話になりながら、この症状と仲良く付き合っていきたいと思います。そして8年経ってようやく落ち着きつつある大きな便りです。
長年、金光教の教主を勤めた四代金光様は、お礼の大切さを、「世話になるすべてに礼をいう心」と、お歌の中で表現しておられます。人とか物とかにだけお世話になっているように思うけれども、見えないところでたくさんお世話になっている。だから「すべて」なのです。
肉眼で見えるものは大切にしても、見えないものはおろそか、粗末にしてしまいがちです。だから立ち止まって、心の目で見る。大腸の働きや血液の流れに気づく時、日々の生活がワクワクしてきます。おなかに手を当てて想像するだけで、見えない神様を感じることができます。今日も目覚め、命を頂きました。ありがとうございます。
(ナレ)いかがでしたか。
「今日は朝からお通じの話なの?」と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、便通のことは、なかなか深刻な悩みなんです。お話の中にもありますが、大腸の働きは、自分の意思でどうすることもできず、かつデリケートな臓器で、不順の要因が特定できにくいことに悩みが深まるようです。原因があってこういう結果になるという方程式が成り立たないと、不安になりますよね。でも、それだからこそ、竹本さんのおっしゃる「当たり前の不思議な働き」に目がいくのかも知れません。
毎日の排便が、体の調子だけでなく、心のバロメーターになっているということ。心の目で見ることにつながるよう、まずは立ち止まって、おなかに手を当てて、「見えない神様の働き」を感じてみようと思います。
