●ラジオドラマ「晴れのち晴悟郎」
第7回「はいはい」

金光教放送センター
時 春の昼下がり
所 青森県陸奥湾近くの駅舎
登場人物
・晴悟郎 (バイクツーリスト)68歳
・謙次 (フリーター)25歳
・真津子 (主婦)65歳
・信一 (その夫)70歳
・赤ん坊 (真津子夫妻の孫)1歳
・乗客たち
・車掌
・ナレーター
(春の嵐)
車 掌:お知らせ致します。強風のためにこの列車はしばらく当駅で停車しまーす。
(乗客たちのざわめき)
謙 次:しばらくストップ? マジかよう…駅の売店で酒売ってるかなあ。(と出口の方へ去る)
真津子:困ったのぉ、あど少しだのに…。
信 一:ん、ミルクは?
真津子:大丈夫。あんた、トイレは?
信 一:…んだな、降りるが…。
真津子:あんた、おむつば持っていって。
(ナレーション)
ここは青森県の陸奥湾近くを走る、ローカル線の小さな駅です。春の嵐で列車が立ち往生し、駅の待合室に乗客が避難をしたちょうどそのころ、バイクで近くを走っていた晴悟郎さんもまた避難のためにこの待合室へ入って来たのでした。
(乗客たちのざわめき)
晴悟郎:お邪魔します。いいですか、お仲間に入れてもらっても…あ、すみません。
おや、可愛い赤チャンだ。ベロベロバー、ハハハッ、笑った、笑った。
真津子:どうも。
晴悟郎:お孫さんですか?
信 一:んだ。
真津子:先日娘が転んで、足の骨折って入院してしまって…
信 一:しばらぐこの子ば家で預かることになったのさ…
晴悟郎:それは大変だ。おいくつ?
真津子:もうすぐ1歳さなるんだ。
晴悟郎:じゃもうはいはいが出来るでしょ? 目が離せませんね。
信 一:んだのさ、もう追いかけるのが大変で…
謙 次:表のバイク、オジサンの? 東京から? 俺も東京からなんだ。
晴悟郎:あ、そう…じゃ今は実家へ帰るの?
謙 次:いや、そういうワケでも…、(とにごして)ツマミもってる?
晴悟郎:うん、ピーナッツなら。(紙袋ゴソゴソ)
謙 次:一緒に飲もうぜ。
晴悟郎:飲酒運転は禁止なんですよ。
謙 次:風やまねえからさ、(と飲む)…(息吐いて)家さは戻りたくねえっす。
晴悟郎:親御さんが、待っているんじゃないの?
謙 次:帰ったって父っちゃに殴られるだけだ。
晴悟郎:殴られる?
謙 次:うぢの父っちゃは漁師で、俺も中学出てすぐ海に出たんだけど辛くてさぁ、東京さ出てサラリーマンさなるべど思って! 3年前に憧れだけで飛び出して来たものの…
晴悟郎:その間手紙ぐらいは出してたんだろ?
謙 次:なーんも。
晴悟郎:お袋さん、心配してるぞ。
謙 次:心配させときゃいいのさ、親ってのは心配するのが仕事って、どこかに書いてあった。ハハハッ…。
晴悟郎:…。
真津子:(赤ン坊 はいはい)ああっ、危なーい!
信 一:(杖落とす。子どもを抱きかかえる)オットットット…。
真津子:ああ、危ねがった。
信 一:気を付けねばな。
真津子:(杖拾って)はい、杖――。
信 一:ん、ありがと。
真津子:あー、でも良かった、ケガしなくて。ねえ、あっちゃん、よしよし。(とあやす。赤ん坊、笑う)
晴悟郎:…君にも。
謙 次:…えっ?
晴悟郎:あったんだよ。はいはいをしていた赤ん坊のころが。
謙 次:…それが?
晴悟郎:一時も目を離さずに、見守ってくれてた人たちがいたからこそ君は、今、ここにこうして…。
謙 次:…。
晴悟郎:何も知らないんだ、あの赤ん坊は…。椅子から転げ落ちそうになった自分を、足の悪いじいちゃんが杖を放り投げて、駆け寄って助けてくれたなんてことは…。神様も…。
謙 次:神様?
晴悟郎:親とおんなじ。今にもどこかから転落しそうな俺たち人間を、いつもヂッと見守っててくれているから安心だって、お袋がよく言ってた。…おっ、赤ん坊、安心して眠っちゃったよ。ホラ! 可愛いいなぁ…。
謙 次:…俺にもあんな時が…。
父ちゃ、俺のこと待っててくれるかなぁ…。
(乗客たちのざわめき)
車 掌:大変長らくお待たせを致しました。風が収まりましたので、列車の運行を間もなく再開いたします。
晴悟郎:君、乗らなくてもいいの?
謙 次:おじさん、俺ん家さ来てくれない?
晴悟郎:…え?
謙 次:親父もお袋も心配性でさぁ…俺のことばかりじゃねんだ…いつも何かをクヨクヨ悩んでばかりいるがら…さっきの話、聞かせてやってよ。
晴悟郎:さっき?…何だっけ?
謙 次:ホラ、神様が見守っててくれてるがら安心だって。話してよ、俺じゃうまく伝えられないから。ご馳走してくれるよ。
晴悟郎:えっ何を?
謙 次:ホタテ。今、漁の真っ最中だから。
晴悟郎:ワオーッ!
謙 次:バイクの後ろさ乗せて!
晴悟郎:OK! 津軽海峡までまっしぐらだー!
謙 次:運転、大丈夫?
晴悟郎:神様が付いててくれるから安心!
謙 次:あ、んだったね。心配するだけ損だ。
晴悟郎:その通り! アハッ…アハハハハ…。
謙 次:アハハハハ…。
