1年2組32人+ひとり


●こころの散歩道
「1年2組32人+ひとり」

金光教放送センター


 以前、小学校教師をしていた私は、桜の花が咲くころになると、入学式で出会ったたくさんの子どもたちを思い出します。

 せき一つするのもはばかられるような厳粛な卒業式と違って、入学式はピカピカの1年生が6年生のお兄ちゃん、お姉ちゃんに手を引かれて、手拍子と共に入場して来る時からにぎやかです。「起立」、「着席」という号令も「立ちましょう」、「座りましょう」という言葉に変わって、どこか優しげ。
 肝心の子どもたちは、式の途中もなかなかじっとしてなくて、横とつつき合いはするわ、後ろの子としゃべるわ、なかにはお母さんを探して、半べその子もいます。
 ある年、私は初めて1年生の担任になりました。
 「さ、あなたたちの先生ですよ」。校長先生の言葉に一斉に小さな瞳がこっちを見ます。1年2組32名、わくわくのスタートです。
 ところが翌日からが大変。朝来たら、「ここに座るんだよ」、「はぁい」。
 「勝手に友達の鉛筆使っちゃ駄目だよ」、「はぁい」。
 「名前書いてあるでしょう」、「でも、読めないよう」。
 「プリントは、お家の人に分かるように字が書いてある方を外に向けて折るんだよ」、「はぁい。あれ、やぶれちゃった」。
 「手はズボンじゃなくてハンカチで拭くんだよ」、「はぁい。でもハンカチって何だ」。もう何から何まで。
 1週間過ぎたころ、給食が始まります。その日はみんな朝からそわそわ。やっと、お昼になり、「いただきまぁす」。その後、一瞬しーん。次に「あ、おいしいなぁ」、「みんなで食べたらものすごうおいしいわぁ、せんせ」。
 ニコニコ顔を見合わせます。この子たちの初めての給食に出会えて良かったと思う一時です。
 夏休みを越すと子どもたちは、格段にたくましくなります。運動場のはじっこで上級生の遊ぶのを見るしかなかった子たちが、ベルが鳴るやいなや、ボールを持って運動場に駆け出して行くようになるのです。遊びが増えるとおしゃべりも増え、けんかも増えます。でも勉強に活気も出てきます。
 そして冬休みも過ぎ、1年生も後少しになると、楽になったなぁとしみじみ思うのです。こちらの言うことがちゃんと分かり、冗談にも笑い、目配せや、小さなサインも気付いてくれるようになります。お手伝いも争うようにしてくれます。まだ小さいからと見くびってはいけません。重い荷物でも、みんなでヨイショ、ヨイショと持ってくれるのです。
 2月、研究授業が行われることになりました。学校中の先生が1年2組の授業を参観して、その後、先生同士が話し合うのです。
 私はいい授業をしたいとばかり考えていました。でも、それは子どものためというより、他の先生方に自分がしっかりした先生だと言われたい、褒められたい。今から思えば、そんな気持ちばかりだった気がします。毎日毎日。頭は授業のことでいっぱいになりました。

 さて当日。「あ、校長先生や」「1組の先生も」。
 たくさんの先生が教室に入って来るだけで、子どもたちは、早や興奮気味。担任の私は緊張でガチガチ。
 授業開始。私の質問に子どもたちは、「はい、はい」と元気に手を上げます。いつもはあんまり手を上げない子も、すっと指先を伸ばして、調子いい。ところが、ふわっと気持ちが緩んだからでしょうか。私のある質問をきっかけに話が違う方に向きました。
 「あれ?」と思う間もなく、子どもたちが発言すればするほど、どんどん計画とは違う方に話が進んでいきます。いつもなら、落ち着いて軌道修正も出来たのでしょうが、なんせ、学校中の先生が見ています。焦れば焦るほど頭は真っ白。自分の声が遠くに聞こえます。授業は狙いからも目的からも全く外れた悲惨なものとなりました。

 長い長い1時間が終わり、先生方がゾロゾロと教室を引き上げた後、ぼうぜん。失敗やぁ。消えてしまいたかった。
 でも、教室には子どもたちがいます。子どもたちは、「先生頑張ったでしょ」と言わんばかりに私を取り囲んでいます。何か言わなきゃ、と思っても言葉が出ません。
 突然、「エエン、エンエンエン」。私は大きな動作で大きな声でおどけたように泣き始めました。「エエン、エンエン」。
 子どもたちは一瞬キョトン。その後、私と一緒に、「エエン、エンエン」と声を上げ始めたのです。
 「エエン、エエン、エエンエエン」。32人と1人の大合唱になりました。
 何年経ってもこの授業のことを思い出すと、恥ずかしくて、情けなくて、いても立ってもいられない気持ちでした。
 でもある時、ふと思ったのです。そういえばと、思い出したのです。子どもたちは、あの時、私と一緒に声を上げて、泣いてくれたなぁと。あれって、すごいうれしいことだったんじゃあないかなぁと。
 あの時、子どもたちは私の言葉を待っていたのでしょう。けど、その先生が大きな声で泣き出したもんだから、子どもたちも「そうかぁ、先生が声上げて泣いてるんだから、大きい声を出せばいいんだな」と思ったに違いありません。何とか先生の心に沿おう、沿おうとしてくれたのでしょう。打ちひしがれた時、一緒に泣いてくれる子どもたちがいてくれた。私はなんて幸せだったんだろう。すっと温かいものが心を流れていきました。

 言葉から、計算から、ご飯の食べ方から、私はたくさんの力を子どもたちに与えたと思っていました。けれど本当は彼ら一人ひとりから、「先生、先生、先生」とあふれんばかりの気持ちをもらっていたのです。
 このことに気付いた日から、私の飛び上がりたいくらいに恥ずかしい失敗の思い出は、1年2組の子どもたちとのとてもとてもいい思い出に変わっていきました。

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