●先生のおはなし
「4年に1度の記念日」

愛知県
金光教名城教会
河合利男 先生
私は、今年も一つ年を重ねて54歳にならせて頂きました。
私には、4年に1度巡ってくる記念日があります。今から36年前、当時18歳のやんちゃ盛りの高校生であった私は、高校を卒業したら、金光教の教師となるための学校である金光教学院に入学する願いを立てておりました。
しかし高校を無事卒業し、3月中旬には入学試験を迎えようとしていた矢先の2月29日に交通事故を起こして、入院することになりました。
事故に遭った当日は、車で近くの教会へ参拝する途中でした。父である教会長には、「雨も降っているから車じゃなく、地下鉄で参拝しなさい」と言われましたが、私は車の方が乗り換えもないし楽だからと、父の言葉を無視して車を走らせ、10分も走った頃に事故は起こりました。
交差点で右折をしようとしていた車に、ノーブレーキで突っ込み、後続の車にも追突され額を含めて50針を縫う大事故でありました。誰が呼んでくれたのか分かりませんが、救急車を待つ間に、閉めていたネクタイで止血をしてもらい、歩道脇のビルの片隅に横たわっている時に、「可哀想にあの子死んじゃうのかね」との声がかすかに聞こえて、私の薄れていく記憶の中で、「死んでたまるか」と思ったことが今でも思い出されます。
連絡を受けた父はすぐに病院へ来てくれ、私の治療を終わるのを待って、駆け寄ってきました。私は怒られると思っていましたが、父は、「他の信者の方々もおまえのことを願って下さっているから、神様に心からお詫びをして、命あることにお礼を言おうな」と、ひとこと私に言葉を掛けました。その日以来、退院するまで毎日、私のために父はご信者の皆さんと御祈念を続けてくれました。その祈りの甲斐あって、骨折はなく外傷だけで済み、2週間で退院させて頂きました。
入院中、私は、「お詫びをして」という言葉を思い返しました。「雨だから車で行くな」と言った父の言葉に耳を傾けなかったことが、胸に引っかかりました。
高校時代、通っていた学校の先生から、「何でも言われている内が花やぞ、言ってくれる内は、あなたのことを心配もし、何とかしてやりたいと思って言って下さるんだ。こいつには言っても無駄じゃと思ったら、誰も何も言ってくれなくなるぞ、言われておる内に気付かないとな」と、言われたことを思い出しました。
いざ金光教の教師を目指して1年間修行に入らせて頂くと言っても、〝親に言われたから行く〟〝嫌だったら帰ってきたらいい〟などというような、いい加減な気持ちの自分であったことを、この交通事故を通して思い知らされました。
退院後、入学試験にも間に合い、無事に入学、1年間岡山にあるご本部での修行に入らせて頂くことが出来ました。
ご本部での修行中、約2週間ほど、指定された教会で実習をするカリキュラムがあります。私は、岡山県のある教会に行かせて頂くことが決まりました。ところがその矢先に、実習先の教会の先生や信者さんらの乗っていた車が、大型トラックに追突され大破するという事故に遭われ、先生方は入院されたのでした。私がちょうどその教会での修行を終えようとする頃に先生方は退院され、いろいろとお話を聞かせて頂きました。「息の差し引きが出来ることが本当にありがたい」と話されるその言葉に、私も半年ほど前に事故に遭って、確かに命あることがありがたい、皆様の祈りの中に生かされている命と、改めて気付かされました。しかし、何気なく当たり前のように行っている、息を吸ったり、吐いたりする事までもがありがたいとは思いも寄らないことでした。
その大切な当たり前のことが当たり前に出来ることの大切さを、その教会での修行で思い知らされました。それは、まるで私のために仕向けられたような、ありがたいような、申し訳のないような複雑な感じがしたのを今でも忘れません。
無事に1年間の修行を終え、私は今、教会の御用に使って頂いておりますが、あの時の事故で命を失っていたら、今の私はありません。もちろん妻と出会うこともなく、3人の子どもたちを授かることもなく、今こうして皆様の前で話すこともなかったと思った時に、私たちはもちろん一人ひとりが、生まれながらに祈られ育まれ生きていることを実感します。
事故に遭った2月29日は、4年に1度しかない私の記念日です。今年で9回目の記念日です。誕生日や結婚記念日などを祝うと同じように、私は「命の記念日・祈りの記念日」として、心からその日一日を大切に迎えたいと思っています。
自分のわがままで起こった事故、それをとがめることもなく、祈ってくれた、その祈り。あれから30数年がたった今日では、周りの人の祈りは言うまでもありませんが、神様が私たち一人ひとりに掛けて下さっている思い、祈りの深さを、御用を通して深く感じております。
