●先生のおはなし
「認知症の祖母と暮らして」

高知県
金光教窪川教会
谷口光江 先生
私は現在30歳で、去年結婚し教会で生活をしています。振り返ってみると、私の20代は何かと介護に関わりながらの毎日でした。
専門学校では介護を学び、その後、介護職員として施設で働きました。
施設では、認知症が進んでいる方のおむつを交換しようとした時、急に暴れだして、その方にみぞおちを蹴られて呼吸が出来なくなったり、つねられたり叩かれたりして体にあざが出来るような日もありました。身体に麻痺がある方は、一人でベッドへ移動するのが難しく、ナースコールで呼ばれるたびに走っていきました。また、利用者と家族の間に入って話をしたりと、忙しい日々を過ごしていました。
数年後、私は仕事を辞め、認知症が進み出した祖母のお世話を自宅ですることになりました。母と一緒に祖母を病院へ連れて行ったり、デイケアサービスを受けるための準備や、入浴の介助などをしていました。
そんなある日、祖母がデイケアで家にいない時、祖母の衣替えをしました。帰ってきた祖母はタンスを開け、「誰が服をどこに持っていったんで? 光江さんかっ!」と怒り出し、その日から、「財布がない。あんたが持って行った」と、何に対しても私のせいだと決めつけ、「違う」と言っても聞いてくれませんでした。
私は祖母のために、としたことが逆に責められる結果となったことにショックを受け、怒り出す祖母に自分のたまらない思いをそのままぶつけることもありました。でも、自分が怒れば祖母が助からなくなると思い返し、走って自分の部屋に行き、ふとんの上で声を出して泣いた時もありました。両親も祖母が分かるように話をしてくれましたが、それでも祖母は怒り、暴言や物を投げたりしました。
そういう日々が続いたある日、祖母を病院へ連れて行くと、看護師長さんが私の話を聞いてくれました。すると、「おばあちゃんは一番言いやすいあなたに自分の思いをぶつけているのよ。それに、認知症の人は変わらないから、こちらが変わらないといけないのよ」と話してくれました。
その時、金光教のある先生が、「人間は自分ではなく相手を変えようとする。相手ではなく、自分が変われば相手も変わる」と教えて下さった言葉が思い浮かびました。教えてもらっていてもなかなか出来ていなかった自分や、祖母を変えようとしている自分たち家族の姿が初めて客観的に見え、うまくいかなかった原因が祖母にあるのではなく私たち家族にあるのでは、と思えてきました。そして、祖母は、私のことを信頼し、やり場のない自分の思いをぶつけているのだから、祖母がおだやかに過ごせますように、私たち家族が祖母のありのままを受け入れることが出来ますように、と神様にお願いするようになりました。
それからは、祖母との接し方について、両親ともよく話し合うようにし、1人が感情的になった時には他の2人が、「おばあちゃんは認知症なんだから悪気はないのよ」となだめました。それでも、祖母の言葉に腹が立ってたまらない時は、「祖母の言葉に腹が立ちます。このままではお互いに助かりません。祖母のことをありがたく思える自分にならせて下さい」と神様に願っていました。
そのうち、祖母の状態はしだいに落ち着きを見せ始め、家族の間柄もおかげを頂くようになりました。
介護の仕事をしていた時は、一人のお年寄りに対して医療面、リハビリ面、介護面などの専門的な立場から見て、みんなと話し合いながら関わっていました。しかし、家での介護はとても閉鎖的で、休む間がなく、家族としての感情も出て、心身ともにきつい時があることを分からせてもらいました。家族でみる介護には限界があります。ケアマネージャー、お医者さんなど、様々な方のお世話になり、お年寄りや私たち家族は支えられて在宅介護が出来ているんだということ、このことがどれほどありがたいことかを実感しました。
この経験を通して〝介護〟と言っても置かれた立場によってそれぞれの大変さ、ありがたさがあることを知りました。もし私が、学生の時や、そして仕事での介護しか経験していなかったら、在宅介護をされている人の苦しみは理解出来なかったように思います。私は〝在宅介護は仕事の介護より楽〟という見方をしていたのかもしれません。
人間は自分の立場でしか物事を見ず、他の人の立場は分かりにくいものです。しかし、神様は今の世の中の介護という問題について、私をいろんな立場に立たせて下さり、様々なことを教えてくれたように思います。
私の結婚が決まった時には祖母が、「結婚式には絶対に行く。神様に孫の結婚式まで命を下さいとお願いしているから」と目を輝かせて言ってくれました。今まで葛藤してきた日々がこの言葉で報われ、涙が止まりませんでした。
結婚式当日、祖母は白無垢姿の私を見て涙を浮かべ、手をたたいて何回も、「良かったね」と言ってくれました。
祖母の介護は苦しい時があったけれども、この経験をさせてもらえて良かったと思える時間を、今神様が下さっています。嫁いでから祖母の介護に関わることはあまりなくなりましたが、家族みんなが仲良く楽しく過ごせますようにと祈っています。
