私こそありがとう


●先生のおはなし
「私こそありがとう」

福井県
金光教福井ふくい教会
髙橋美絵たかはしみえ 先生


 私は21歳の時に、母の実家である福井県の金光教の教会へ後継ぎとしてやって来ました。
 育ちは大阪なので、今までは夏休みにしか福井へ来たことがありませんでした。ですから、冬の間中、北陸特有の今にも雨や雪が降り出しそうな重たくどんよりとした雲におおわれた日が続くということは知りませんでした。仲良くしていた友達とも離れましたが、祖母もいるし、友達なんていなくても大丈夫だと思っていました。
 でも、近くに友達がいない毎日は、すごく寂しいことだと気付きました。そして、この寂しさに重なるように、冬のどんよりとしたお天気のせいでしょうか、だんだんと気持ちも落ち込んでいき、涙を流す日が多くなっていきました。けれど、いつも泣いている訳にはいきません。泣きそうになる時は、「皆、頑張っているんだ。自分だけがつらい訳じゃない」「大丈夫、大丈夫。自分はまだまだ頑張れる」と自分に言い聞かせて、何とか泣くことはなくなりました。しかし、やはり冬になると寂しいのです。 

 そんな時、一人の友達から電話が掛かってきました。奈美なみさんです。彼女は1年程心の病気を患い、人に会うことも出来ず、ずっと寝込み、自殺まで考えたくらいひどい状態だったそうです。それが少し元気になり、外にも出られるようになったころに電話をしてきたようです。私が聞いた時は明るい声でした。
 彼女は、自分の性格やいろいろな人間関係などから心の病気になったこと、自分のこれまでの思い、今の思いなど、それまで自分の心にため、誰かに話したかったことを毎日少しずつ電話で話し続けてくれました。その間、私は聞き役に徹して、口を挟んだり、意見を言ったりはしませんでした。彼女は、自分が話したかったことを全て話せたことですっきりしたようでした。

 こうして毎日私に少しずつ少しずつ話をしていくうちに、彼女はだんだんと“人に頼ること、頑張らないことも悪いことではないかも知れないなあ”と思うようになったようです。病院にも通い、無理しすぎない暮らしぶりに徐々に変わっていきました。
 彼女は自分の気持ちが落ち着くと、今度は、私が冬になると気持ちが落ち込み、なかなか晴れないことを知って、心配してくれるようになりました。家族で動物園に行った時、人工の川に足が滑って落ち、靴の中まで水が入って帰りが大変だったとか、階段から落ちて、障子に頭を突っ込んだけども軽傷で済んだとか、今思い返しても笑ってしまうようなハプニングで、息も出来ないくらいお腹の底から笑わせてくれました。電話だけでなく、彼女が家族でハイキングに行った時の写真や、子どもと公園で遊んでいる写真をメールで送ってくれましたが、そうした一つひとつが私の心を和ませてくれて、落ち込んでいた気持ちも少しずつ晴れていきました。
 また私に、趣味を作ればといろいろ勧めてくれましたが、どれもピンとくるものがなく、始めたとしても長続きしないだろうなというものばかりでした。しかし、ある時、「千羽鶴を折ってみたら」の一言に、それなら私にも出来そうと思い、やってみることにしました。彼女は千羽鶴に私がすごく乗り気になったことに驚きましたが、これで少しでも私の気持ちが晴れて、寂しい冬を乗り切れればいいかと喜んでくれました。

 千羽鶴を折り始めてしばらくすると、彼女の病気が一日も早く治るように、また彼女だけでなく、問題を抱えたり病気やケガをしている知人のことを神様に祈りながら折っていることに気付きました。そういえば千羽鶴というのは、入院している人へのお見舞いや、高校野球での応援などで見掛けるけども、それは、折り鶴一つひとつに折った人の思いや祈りが込められていて、それをつなげることで一つの大きな祈りになるのだなと、自分で折ってみて初めて分かりました。
 彼女の心の病気が完治するにはまだまだ時間が掛かるかもしれませんが、以前に比べれば外出も普通に出来、他人と接することも出来るようになったそうです。

 ある時、彼女のご両親から、「娘が元気になってきた。ありがとう」と、丁寧にお礼を言われました。
 でも、元気になったのは私も同じです。
 友達とはいえ、遠く離れて暮らしていた2人の心は寂しいまま、つらいままにいたのです。その2つをつないだのは奈美さんからの一本の電話でした。彼女の話を聞き、寄り添うことで、彼女の心が少し広がり、その広がりが私の心に新しい息吹を入れてくれました。だから空模様にさえ泣いていた不安定な心の私が、気が付けば人のことをも祈れるようになっていたのです。
 「友達なんていなくても平気」と思っていたことが、やっぱり間違いだったと気付かせてもらい、友達の存在はすごく大切なんだと改めて教えられました。

 北国の雪は静かに降り積もります。確かに厳しくもあります。しかし、雪はその中にいる者たちをじっと暖かく包み込んでもくれるのです。神様が私たち2人の、心の行き交いをじっと見守り包み込んで下さっていたのでしょう。

 私の方こそ、「ありがとう」と言いたい。そう思える自分がうれしくもあります。

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