薄紙を貼るように


●先生のおはなし
「薄紙を貼るように」

福岡県
金光教福岡高宮ふくおかたかみや教会 
吉川信吉よしかわしんきち 先生


 私は、昭和39年、6人兄弟の次男として福岡で生まれました。実家は金光教の教会です。


 昭和63年に大学を卒業後、私は、東京の機械メーカーに就職し、本社の人事課に配属されました。人事課は、課長以下、私を含めて5人でしたが、皆良い人ばかりで、心の中で「私はここで幸せになっていくんだなあ」と、漠然と思っていました。


 というのも、それまでの私は、例えば高校の同級生が似顔絵を書く時、「吉川の似顔絵を書こうとすると笑顔しか思い浮かばない」と言われるほど、いつも愛想の良い顔をしていましたが、実は、人に気を遣う疲れやすい性格で、必ずしも人付き合いが得意というわけではありませんでした。だから、この職場の雰囲気に心がホッとしたのです。


 ところが入社して1年がたとうとするころ、突如、私は心身症の状態になってしまったのです。特に仕事でストレスを感じたり、イジメにあったわけでもなく、ただ、このまま幸せになれるなあと、ホッとした瞬間、気の緩みが生まれたのか、心にポッカリと穴が空き、その穴の深みにはまったかのようでした。


 寝てもさめても気分がすぐれず、言葉を出そうとすると、嗚咽おえつが出そうになり、心が苦しくて苦しくてたまりません。


 毎日毎日そのような状態の中で2週間がたち、ようやく会社近くの金光教の教会にお参りすることが出来ました。ここは、東京暮らしが始まってからずっと参拝していた教会で、すっかり元気をなくしている私の話を聞いて下さった先生は、「今度は信吉君やったんか」と話し掛けてくれました。実は、先生も学生の時、私と同じ心身症になったとのことでした。「今では次々に、私と同じような悩みを抱えた人が教会にお参りになっているんだよ」と話して下さいました。そして、一度病院に行って診察を受けてみてはどうかと勧められましたが、私は病院へ行くことを拒みました。なぜなら、今日でこそ著名な方々が、自らの心身症の体験を告白したりして、取り立てて奇異な目で見られることもなくなりましたが、当時は心身症に対する理解があまりない状況だったからです。


 その後、1カ月たっても状態は一向に回復せず、とうとう心身ともに行き詰まり、疲れ果ててしまいました。そして、何とかこの状態から抜け出して楽になりたいとの思いから、「神様に、命を賭けてご祈念しよう」と、ある日の夕方、埼玉県にあった会社の寮から、スクーターに乗って、東京の奥多摩まで行こうと決めました。死に場所を求めてのことでした。


 3月の夜にもかかわらず、不思議と寒さは感じませんでした。しかし、奥多摩おくたまが近付き、山が見えてくると、私の歯がガチガチ鳴りだしました。今から考えると、あれは、魂の抵抗のようなもの、「本当に死んで良いのか?」という心の問い掛けのようなものだったと思います。


 私は、ある山にたどり着き、幹線道路の脇を流れる川に架かる橋を渡り、川沿いの砂地を少し上がりました。そして、見付けた小さな広場で祈りました。「神様、この瞬間に助けて下さい! さもなければ、この場所で死にます!」と、その場所で私は一生懸命祈りました。しかし、その場で心身症から抜け出すことは出来ませんでした。ただ、追い詰められていた心に、ふと、「こんなことしたらいかんな…」という考えが浮かびました。そして、母はこんなことをする自分を叱るだろうが、受け入れてもくれるんじゃないかなとの思いが沸き、それは、いつしか親の愛に抱かれているような安心感に包まれた時間ときに変わりました。私は、その場にどれだけの時間居たのか覚えていませんが、明くる朝の4時ごろ、会社の寮に戻っていたのでした。翌日には、絶対に行きたくないと思っていた病院に、不思議と行くことが出来るようになりました。


 あれから20年がたちました。その間、私は会社を退職し、金光教の教師となり、結婚もして、3人の子どもも授かりました。9年前からは、教会長として教会を後継することにもなりました。以前では、心が高ぶると3時間ほど本を読んで心を落ち着けないと眠ることが出来ない状態であったのが、今ではすぐに眠ることが出来るようになりました。何より、今こうして家族と一緒に過ごすことが出来ている、このこと一つとってみてもありがたいことと思わずにはいられません。


 世間では、病気などがだんだんと良くなることを、薄紙をはぐように良くなると言いますが、金光教の教祖は、薄紙をるように良くなると教えています。


 私は、心身症がすぐに良くなったわけではありませんでしたが、私の気を遣う弱い心が顔を出し、思い違いなどで迷い苦しんでいたのが、長い年月をかけてだんだんとなくなっていきました。それはまるで、神様が私の心の弱い所、弱い所に薄紙を一枚ずつ貼って下さり、少しずつ、少しずつ、私の心を支え、落ち着き安定させて下さった、そんな実感があるのです。


 今、私の奉仕する教会にも、心身症で悩む人たちが参ってきます。そのたびに話を聞かせてもらい、一緒になって辛くなったり、悲しくなったり…、しかし、その苦しみから抜け出していく方たちをみると、ありがたく嬉しい気持ちになります。一つひとつのことを神様にお願いさせて頂きながら毎日を過ごす中で、私は、それらの方々の悩みを聞き、励ましつつ、神様が薄紙を貼って下さり、だんだんに助けられるそのお手伝いを、これからもさせて頂きたいと思っています。

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