母の祈り、娘の祈り


●先生のおはなし
「母の祈り、娘の祈り」

愛知県
金光教古渡ふるわたり教会 
森清司もりきよし 先生


 春子さんは毎日のように、私の奉仕する金光教の教会に参拝し、娘の美佳さんのことを神様にお願いしていました。美佳さんは国際結婚をしてスペインに住んでいます。3人の男の子の母親として、仕事と子育てに奮闘し、出来るだけ節約をして旅費を貯め、2年に1度は夏休みの時期に子どもたちを連れて日本へ里帰りしてきます。春子さんも、娘や孫たちに会えるのを何より楽しみにしていました。

 ところが、世界的な不況のあおりで、これまで美佳さんの働いていた店が閉じられることになったのです。今まで、勤務時間などで大変優遇されてきた職場でした。それでこそ、3人の子育てをしながら勤めることも出来てきたのです。これから先、主人の収入だけでは、日本へ里帰りすることも難しくなるでしょう。

 娘からそのことを聞いた春子さんは、すっかり落ち込んだ様子で教会に参拝して来られました。私は事情を聞いた後、次のようにお話しをしました。「神様は決して無駄事はなさいません。必ず先々良いことになりますから、落ち込まずに、元気な心で信心しましょう。美佳さんもきっとショックを受けているはずですから、母として、よく話を聞いてあげて下さいね」。

 春子さんは気を取り直し、家に帰ってから早速娘に連絡を取りました。「神様にお願いしたから、きっとまたいい仕事が頂けるはず。心配しないで、あなたもしっかり信心しなさい」。

 ところが、美佳さんからは意外な返事が返ってきました。「お母さん、今仕事が無くなってしまうのは、経済的には大変なんだけど、神様が、今まで出来なかったことをする時間を下さったように思うの。だから、私のわがままを聞いてもらえない?」と言うのです。

 実は、美佳さんには、数年温めてきた願いがありました。長男が小学生のうちに、たとえ短期間でも、日本の学校に留学させて、日本語や日本の文化に触れて欲しいと思っていたのです。しかし、仕事を持っていた美佳さんは、子どもたちを学校に通わせる程長く日本に滞在することが出来ません。それに加えて、日本の両親に負担をかけるのではないかという心配もあり、これまでずっと、その思いを打ち明けられずにいたのでした。

 「昨年里帰りしたばかりで蓄えは十分に無いけど、再就職したら、今までのようにまとまった休みを取れなくなるかもしれない。願いをかなえるチャンスは今しかないと思うの」。美佳さんの言葉には、子育てにかける強い思いが込められていました。

 けれども春子さんは、思いがけない成り行きに困惑していました。今年の夏は帰ってこないものと思っていたので、準備が全く出来ていなかったのです。留学するといっても、受け入れてくれる学校があるかどうかも分かりません。春子さんは「やっぱり再就職を優先すべきではないか」と返事をしました。

 春子さんが教会に参拝して、興奮気味にそのことを話された時、私は申しました。「それこそ、神様が道をつけて下さっているのではないですか。初めから無理だと決め付けないで、どこまで出来るか取り組んでみてはどうでしょう。就職先を探すのはそれから後でも遅くないと思いますよ」。

 落ち着きを取り戻した春子さんは、もう一度娘の願いを聞いてみようと思い直し、家に戻りました。するとそこに、美佳さんからメールが届いていました。「さっきは無理なことを突然お願いしてごめんなさい。お母さんがまた病気で倒れてはいけないから、あきらめようと思う」という内容でした。

 春子さんは約20年前、くも膜下出血で手術を受けています。自宅の風呂で倒れた時、いち早く異変に気付いたのは、当時大学生だった美佳さんでした。もう数分発見が遅れたら命はなかっただろうと言われています。それだけに、美佳さんは母の健康を常に気遣い、春子さんもまた、娘を命の恩人として大事に育ててきたのでした。

 メールを読んだ春子さんは、これまで自分の都合ばかりで物事を考えていたことに気付きました。

 「娘のことを心配して神様に祈っていたつもりだけれど、むしろ娘の信心のほうが一歩進んでいるのではないか。仕事を失うという困難な出来事をも、神様の思し召しとしてしっかり受け止めている。そしてまた、自分の願望を優先せず、親の健康を第一に思い、祈ってくれている」。この時、春子さんの心が決まりました。「そうだ。神様はきっと良いようにして下さる。娘たち家族の成長を願って、出来ることを精いっぱいやってみよう」。春子さんは早速、娘たち親子を迎える準備に取り掛かりました。

 来日の日まで1カ月半しかありませんでしたが、毎日娘と連絡を取り合い、小学校に掛け合ったり、部屋の片付けをしたり、忙しい日々が続きました。教会に参拝する春子さんの表情は、日を追って明るさを増していくように見えました。

 そして、長男と次男は、かつて美佳さんが通っていた小学校へ、三男も近所の幼稚園に受け入れが決まり、いよいよ、待ち望んだ来日の日がやってきました。初めのうちは慣れない環境に戸惑っていた子どもたちも、友達から日本語を教わる代わりにサッカーを教えるなどして、すぐにクラスの人気者になっていました。1カ月というわずかな期間でしたが、子どもたちにとって、掛け替えのない体験になりました。

 日本とスペイン。遠く離れて暮らしていると、心配の種は尽きません。けれども、神様は決して無駄事はなさらない。信心していればきっと良いことになっていくという信念が、親子のきずなを一層強いものにしているのです。

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