●先生のおはなし
「サンキューを忘れずに」

香川県
金光教多度津教会
玉城真紀子 先生
私は、平成元年に結婚し、その翌年に息子が生まれました。息子は、大きな病気もせずにすくすくと成長しましたが、言葉を覚えるのが遅く、私は、不安と不満を募らせていきました。
これではいけないと、保健所の「ことばの親子教室」に参加しました。教室では、大きなボールに体ごと乗ったり、ブランコで遊んだりしました。そして、体の中から言葉を発することが大事だと教えてもらったのです。
それまでは、理解してもらえないことがあると、人に噛みついたりすることもあった息子でしたが、教室に通いだして1年が過ぎ、4歳になるころには、安心して幼稚園での団体生活が送れるようになりました。また、弟も生まれ、兄としての落ち着きも感じられるようになってきました。
そんなころ、主人の転勤で、私たち一家はアメリカに行くことになりました。長男は5歳、次男は1歳でした。言葉の覚えが遅い長男のことが心配でしたが、転居先の街に金光教の教会があると聞かされ、少し安心して渡米したのでした。
しばらくは、生活に慣れることに追われていましたが、渡米して1年ほどたったころから、息子の英語が上達しないことが気になり始めました。週に1度通う日本人学校では日本語で話せてうれしそうですが、毎日通うアメリカの小学校では、心なしか、ぽつんとしているようにも見えます。アメリカ生活が長い子どもさんや、ハーフの子どもさんはもちろん、私たちより後に赴任したご家庭の子どもさんのほうが、しっかりと話しているのです。
悩む私を見て、周りの人たちが「自宅でも英語を話すようにするといいですよ」とか「まずは母親の英語が上達しないと…」などと助言してくれました。しかし、私は、素直に励ましの言葉として受け止めることが出来ず、その言葉を重荷に感じ、自分を責め、息子を責める日々が続きました。
教会の先生に相談すると「焦らないようにしましょう」とアドバイス下さるのですが、どうしても焦らずにはいられません。私は、だんだんと、周りの人に息子のことを話すのを避けるようになりました。
そんなある日、日本人学校の役員をしている女性から電話がかかってきました。運動会についての事務連絡でした。私はその人とはあいさつ程度のお話しか今までしたことがなかったのですが、なぜかその日は話が弾み、つい息子の言葉のことを話してしまったのです。「しまった! この人からも、みんなと同じように言われるんだろうな」と考えて落ち込みかけた私は、「大丈夫よ」と言われて、ハッとしました。
「言葉を分かってないと大人は思うけど、今は、しっかり英語を聞くけいこをしているのかも知れないわ。私、言葉の能力はボール投げと一緒だと思うの。一度見たボールをすぐに投げられる子もいれば、100回投げてみて、やっと出来る子もいるの。私たち一家は、アメリカに来て5年たつけれど、うちの子は、最初学校に登校するのもやっとで、2年過ぎてから、何とか話が出来るようになっていったのよ。あなたのところは、まだ1年半じゃない。それにね。あなたの息子さんは、健康で、毎日学校に通っているわ。それは、すごいことよ。そりゃ、英語が話せるに越したことはないけれど、転勤でここに住んでいるのも、そう長い期間じゃないんだから、親も子どもも楽しまなくちゃもったいないわ。ただし、サンキュー、エクスキューズミー、プリーズを忘れないようにね」
それまで否定的なことばかり言われていた私にとって、この言葉は、何よりうれしいものでした。そして、「そういえば、子どもに一番始めに教えた英語は、サンキューだったなあ」と思い出しました。
同じころ、日本に帰国したばかりの友人から手紙が届きました。アメリカにいる時には、すごく日本に帰りたがっていたのですが、手紙の内容は、アメリカでの生活が楽しかった、もっといたかったというものでした。その手紙のことを教会の先生に話すと、「アメリカにいる時には日本の良さを感じ、日本に帰るとアメリカの良さが分かる。それぞれの国の良いところが分かるのは大切なことですね。出来れば、その国にいる時に、その国の良さを分かって楽しみたいですね」と教えて下さいました。
それを聞いて、「ああ。本当にそうだなあ」と思いました。と同時に、それまでは問題は息子にあるとばかり考えていたけれど、自分自身はどうか? と思ったのです。出来ていることは見ようとしないで、出来ていないことばかり見て、感謝も笑顔も忘れている自分ではないか、と気づかされたのです。
それからの私は、長男が、まずは、たくさん友達が出来て、アメリカでの生活が楽しめるようにと、神様にお願いするようになりました。本人にも、あまりうるさいことは言わず、ただ、「サンキュー、エクスキューズミー、プリーズは忘れずにね」と、笑顔で言うように心掛けました。
やがて時が過ぎ、3年の転勤が終わり、日本に帰ることになりました。帰国前の息子は、英語の会話も何となく雰囲気で理解出来るようになり、「サンキュー」「エクスキューズミー」「プリーズ」の連発で、会話をしていました。それだけではありません。折り紙の達人としてクラスの人気者になっていたのでした。長男は長男なりの方法で対話をして友達を作り、学校生活を楽しんでいたのです。
これからも子どもの心と笑顔で向き合い、子どもと共に成長することを祈っていきたいと思います。
