●信者さんのおはなし
「和らぎ賀ぶ心に」

金光教放送センター
「亭主元気で留守がいい。こんな言葉がどこかのCMでありましたけど、ほんとにそうだと思いましたねえ、あの頃は」
こう話すのは、熊本県天草諸島の西北部、苓北町にお住まいの阪井良子さんです。良子さんたち夫婦は、結婚してからもう40年近く経ちますが、夫婦がいつも一緒に暮らすようになったのは、ほんの9年前、夫が定年退職してからのことでした。夫は捕鯨船の船員で、南氷洋にまで出掛けていきました。いったん航海に出ると半年間は帰ってきません。戻ってきても、また1カ月も経たないうちに船に乗り込むという生活を続けてきたのです。
いつも夫の帰宅を楽しみに待ち続けていた良子さんですが、ずっと家にいるとなると、かえって夫の存在が息苦しく思えてきました。
夫は18歳の時から船に乗り、最初はご飯炊きの仕事から、勉強を重ねて船長にまで上り詰めた努力の人で、炊事、洗濯、掃除、何につけても、良子さん以上に器用にこなします。「何をもたもたしているんだ!」「そんなやり方じゃダメだ!」と、細かいところにも指示が飛びます。
一方、良子さんにも、長年、家事も子育ても一人でやってきたという自負があります。夫の一言から口論が始まり、2、3日の間全く口を利かないことも度々ありました。
良子さんは若い頃から金光教の教会にお参りしています。教会の先生に夫のことを話すと、「ご主人は船の上で、一瞬も気を抜けない生活を強いられてきたんですから、無理もありませんよ。相手を変えようとするよりも、このことを、自分を変えるための修行として取り組んでみてはいかがですか」。
先生は穏やかに、しかしきっぱりと、こう言われたのです。
「おかげは和賀心にあり、という教えがあります。〝わが心〟の〝わ〟には、和らぐという字が当ててある。〝が〟は、年賀状の賀で、よろこぶという字です。神様のお心に沿う素直な生き方を心掛けていると、おのずと、和らぎ賀ぶ心になる。神様のおかげは、そういう心に頂けるのです」
悪いのは夫の方なのに、と反論したい思いが一瞬、良子さんの脳裏をかすめましたが、ああ、ここが私の悪い癖なんだな、と思い直しました。素直に「はい」と言えない。人の言葉に耳を塞ぎ、それどころか人を責める気持ちにさえなる。
今の心のままでは、神様のおかげは受けられないんだろうなあ。先生の言われる、「和らぎ賀ぶ心」にならせてもらわなければ…。そう思った良子さんは、以前にも増して、先生が語られる金光教の教えの一言一言に、真剣に耳を傾けるようになりました。
そんなある日のこと。一人娘が嫁ぎ先から子どもたちを連れて遊びに来ていました。夫は娘たちが帰って行く時に、土産に持たせてやろうと、魚をさばいて塩を当て、冷蔵庫に入れて準備していました。
ところが良子さんは早合点をして、同じ冷蔵庫に入れてあった生の魚を渡してしまったのです。
「おい、冷蔵庫に入れとった生の魚はどぎゃんしたか」
「ああ、あれは渡しておきました」
すると夫は怒って、「塩もんば持たせろと言うとったろが! 今すぐ携帯に電話して、取りに行ってこい!」と言います。
どっちでもいいのに、と思いながら渋々電話を掛けると、娘はもう10キロほど先まで行っていました。良子さんは車を飛ばして交換しに行きましたが、「もう、お父さんったら」と娘もうんざり、孫たちも待ちくたびれてぐずり始めていました。
こうして生の魚を持ち帰りましたが、良子さんはムシャクシャして、夫と口を利く気になれません。魚を冷蔵庫に入れた後、夕食も作らずにプイと家を出て、近所にある福祉センターの温泉に出掛けました。いつも夫婦げんかをする度に、ストレス解消に来ている温泉です。
お湯につかりながら考えました。「自分を変えるための修行」だと、教会の先生は言われたけれど、やっぱり今日も素直に、「はい」と言えない自分だったなあ、と。
夫があんなに口うるさいのは、長年、失敗が許されない厳しい職場で働いてきたからです。生の魚にこだわることにも、わけがありました。夫は退職した今も、漁に出たり、船の操縦技術を教えに行ったりして、朝早くからとっぷり日が暮れるまでよく働きます。夜8時を過ぎてから遅い夕食と晩酌を楽しみ、疲れを癒すのが日課なのです。そこで欠かせないのが刺身と焼酎。それは、海の男の体に染みついたライフスタイルでもあるのでしょう。
そう思うと、夫に対する感謝の気持ちが湧き上がり、同時に、刺身がないぐらいで取り乱してしまうところが可愛くも思えてきて、クスッと笑ってしまうのでした。
「ああ、神様は本当にすてきな人と巡り合わせて下さった。ありがとうございます」。温泉で体が芯から温まるように、良子さんの心も神様のありがたさに浸って、じんわりと温まっていきました。
家に帰るとすぐに、「今日は本当にすみませんでした」と、自分でもびっくりするくらい素直に言うことが出来ました。夫の返事は「おう」と一言だけでしたが、食卓を見ると、先ほどの魚が夫の見事な料理の腕前で、刺身や煮付けに姿を変え、良子さんの帰りを待ち受けていました。
近頃は夫も良子さんにならって、度々教会にお参りするようになっています。
「信心は楽しいですね。自分の心を改めれば改めただけ、神様がそれに応えて下さるんですから」
そう話す良子さんは、「和らぎ賀ぶ心」を日々の目標にしながら、今は最愛の夫との二人暮らしを心から楽しんでいます。