我が家に、はるが来た!


●こころの散歩道
「我が家に、はるが来た!」

金光教放送センター


 私は一人娘で兄弟姉妹がいませんが、両親から、たっぷりの愛情をもらって育ちました。
母はいつも、自分のこと以上に私を心配してくれました。そして母は父を頼りにし、私も父のことを尊敬していました。

 父は決して多くを語るような人ではありませんでしたが、その背中で歩むべき道を教えてくれるような人でした。私はそんな父を慕い続け、父に喜んでもらうことが、私の喜びになりました。もし父がいなくなったら私はやっていけるのだろうかと、よく思ったものです。
しかし、平成30年に両親は亡くなりました。父が10月、母が11月と、続きました。父のお葬式をしたばかりで、母まで見送るとは…。私は胸が締め付けられそうでした。

 両親が他界して、およそ半年後。平成から令和に変わってすぐの出来事です。
 夫と一緒に、私の実家に行きましたが、どこからかニャーニャーと子猫の鳴き声がします。近付いていくと、実家の天井裏に子猫が一匹、置き去りにされていました。「これは困った! このままでは死んでしまう」と思い、出してあげようと手を伸ばすのですが、天井裏の隙間が狭くて手が入りません。仕方なく、天井の一部を切り取って、子猫を助け出しました。
 何と、片手に乗るくらいの、小さい小さい赤ちゃん猫でした。目も開いていませんし、まだ生まれて間がない感じです。猫を飼ったことのない私たちは、どうして良いのか分からず、とりあえずミルクを買いに行きました。ミルクをスポイトで吸って、少しずつ飲ませてあげようとしましたが、子猫はあまり欲しがらず、ただ鳴くばかりでした。お母さんを呼んでいるのかなと思いましたが、母猫が迎えに来る気配はありません。
 知人に、猫が欲しい人がいないか尋ねましたが、ダメでした。猫を入れている段ボールに張り紙をして、外に置くことも考えたのですが、やはり心配でやめました。そうしてお世話をしているうちに、だんだん情が湧いてきました。
 このまま家で飼おうと決めた矢先のこと、子猫は風邪を引いた後、あっけなく死んでしまいました。獣医さんの話によると、母猫に置いていかれたという時点で、体が弱い子だったみたいです。保護してわずか9日目の出来事でした。
 あまりにも短い命でしたが、私の中ではその子の存在が大きくなっていました。生まれたてでまだ開いていなかった目が、ようやく開きそうだったので、その可愛い目を見れなかったのも残念でした。
 片手に乗るくらいの小さい小さい赤ちゃん猫。私は自宅の庭に埋めてあげました。涙が止まりませんでした。「お世話をちゃんとしてあげられなくてごめん。でも私は幸せな時間だったよ」と言うと、ニャーニャーと2回、この子の声が聞こえた気がしました。閉じた目はとても穏やかで、可愛く見えました。
お別れをしてから、心にポッカリと穴が空きました。
両親を亡くした後の出来事だったので、余計に悲しく感じました。

 私はショックで力が抜け、自然と、近くのペットショップに足が向きました。動物を見るだけで癒やされました。インターネットで、里親を募集している多くの保護猫も見ました。しかし、保護猫に会いにも行ったのですが、残念ながら条件が合いませんでした。そんな中、たまたま訪れたペットショップで、1匹の子猫が私にとても懐いてきました。アメリカンショートヘアという種類の子猫でした。その子に縁を感じて、家族になることを決めました。
 生後4ヵ月の元気な男の子で、名前は、「ハル」と付けました。令和の令と書いて、ハルと読みます。よく食べ、よく遊んで、今は2歳4ヵ月になりました。

 私は、いまだに両親の夢をよく見たり、ふとした時に思い出して寂しくなるのですが、ハルのお世話をしていると、その寂しさがスッと消えます。まるで、私のことを心配した両親が、代わりに連れてきてくれたかのように思いました。
 後で聞いた話ですが、実は母も昔、猫を飼っていたそうで、その猫の名前も、ハルだったようです。そもそも、亡くなった仔猫ちゃんと出会った場所は実家だったので、縁はそこから始まっています。あの猫ちゃんの分まで、ハルのことを大事にしたいです。
 ハルは普段は活発ですが、私が部屋で仕事をしている時は邪魔をせず、私の座っている足元で丸くなり、おとなしくしています。何だか、寄り添ってもらっているような気持ちになります。マッタリとした空気にも癒やされます。以前の私なら、猫を飼うなんて思いもしませんでしたが、今では毎日、「ハル、我が家によう来てくれたね! ありがとね」と言っています。
 「お父さんお母さん、毎日いろいろなことがあるけれど、頑張ってやっているよ。これからも見守っていてね」

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