この神さんのおかげで助かったんですよ



●平和
「この神さんのおかげで助かったんですよ」

金光教放送センター



(ナレ)金光教姫路ひめじ西にし教会にお参りする黒岩緋佐子くろいわひさこさん。昭和7年に、満州の奉天ほうてん、今の瀋陽しんようで生まれました。当時、黒岩さんの父親は満鉄に務めており、機関車の整備をしていました。転勤が多く、各地を転々としていたそうです。その頃、満州には金光教の教会がいくつかあり、現地の人たちが参拝していました。黒岩さんの母親も、家族で奉天に住んでいる時に、近所の方に誘われて、初めて教会にお参りしたそうです。母親が信心するようになり、黒岩さんも一緒に参拝するようになりました。
 昭和19年、12歳の時に、黒岩さんは盲腸炎になります。

(黒岩)診療所が近くにあったんですけどね、そこが盲腸いうことをよう見なくて。何か、食べ過ぎやとか何やとか言われて、時間が何日も経って。だから今度大きい病院行った時は、膿がね、膿んだらいけないのにそれが破れてしまって、腹膜のほうへ回ってたんで。腹膜炎になってたですからね。ひどかったですね。行った時に手術して。「よくこんなになるまでほっといて」とか言うて先生に言われよりました。親がね。
 腹帯いうんですか、それに
御神米ごしんまいを置いてましたね。そしたら、主治医の先生が回ってこられた時に、「あんたは、この神さんのおかげで助かったんですよ」って言われたんですよ。「ハッ」と思って、私そんなに悪かったんかなと思いましたね。その時は本当に。

(ナレ)教会の先生から頂いた、祈りのこもった「御神米」を身に付けているのを見た、主治医の先生の言葉、「この神様のおかげで助かったんですよ」。この時初めて、黒岩さんはおかげを頂いていたことを実感しました。
 そして、もしあと1年遅れて盲腸炎になっていたら、もっと大変なことになっていただろうと、当時を振り返ります。
 1年後の昭和20年、日ソ中立条約を破り、ソ連が満州に侵攻してきたのです。

(黒岩)8月の10日ごろでしたかね、2階の窓から見ると、珍しく飛行機が5,6機ね、飛んでるんです。「あ、飛行機だ」と思ったらバンバンって機銃きじゅう掃射そうしゃみたいなことがあって。飛行機なんか見たことないのに、6機ほど飛行機が飛んでるんです。ほんとに怖いですね。日本の飛行機だと思って。そしたらロシアの飛行機だったんです。
 それから、14日ですかね、臨時の人がメガホンで「逃げてくださいよ」と言うて回ってましたからね。最後の列車に乗ってくださいと言われて、窓から押してもらって乗って。トランクを持って、それを持って逃げられんから、その中から大事なもんだけね、パーッと。それで慌てて乗ったんです。
夜中に走ってる時に、逃げてる時に明かりをつけたらね、飛行機に襲われるからって言って、とにかく真っ暗で走りましたね。着いたんが
鉄嶺てつれいでしたかな。
 鉄嶺に逃げてる時に、もう負けたいうこと、終戦を聞いたんです。

(ナレ)奉天の北東にある鉄嶺の町で、黒岩さんは、別行動をしていた父親と合流しました。その後、さらに北東の四平しへいがいという町に移動します。

(黒岩)それから今度は四平街の満鉄の社宅がありましたね。その2階に変わって、空いてるところに3家族入ったんです。その時にロシアの兵隊が1人入ってきました。初めてロシア人見て、恐かったですよ。銃剣持ってね、入ってきました。明け方でしたかね、なんか「ガチャン」いうすごい音がしたと思ったら、こんな大きい丈夫な錠前なんです。それを銃剣の柄でね、叩き落としてるんです。
 私のそばで物をあさってたんです。何かいいもんないか。その時見たら、すごい
刺青いれずみしてるんでよ。日本でしたら刺青なんかしてる兵隊さんなんかいないのに。そうやってあさって、母の時計を見つけてね。父が、「これも持っていけ」とか言うて、何にもないのに、そこらへんに掛けてある物とか出してました。
 それからは入れ替わり立ち替わり中国の兵隊か、入ってきますね。鍵を閉めとってもだめなんです。入ってきて。ここに置いとった石鹸と思ったらもうない。持って行ってるんですね。もうそんなんでしたね。

(ナレ)いつ誰が入ってくるかも分からない。物を取られても何も言えない。そのような中で、黒岩さんは両親とともに生活し、引き揚げの船を待ちました。そして、翌昭和21年7月、ようやく通知が届き、在留日本人の引き揚げの拠点となっていた葫芦ころとうから、舞鶴に引き揚げることになります。黒岩さんは、次のように当時を振り返ります。

(黒岩)家で盲腸になった、あれが逃げてる最中なんかになったらね、命ないですわね。「おかげの中に生かされてる」ていうんか。信心いうほどできてませんけど、やっぱ信心してるからそういうことを思いますね。金光教を信心してる、信心してますなんてえらそうなこと言えませんけど、何か信仰してる言うたら、心強いですね。何かあってもね。

(ナレ)引き揚げから76年が経ちました。その間、黒岩さんは大きな病をいくつも経験してきましたが、その都度おかげを頂いています。「おかげの中に生かされている」。そう話す黒岩さんは、89歳になる今も、元気に教会に参拝しています。

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