●もう一度聞きたいあの話
「ゆるやかに、伸びやかに」
金光教吉舎教会
井上睦弘 先生
ある時、私の奉仕している金光教の教会に家族4人がお参りしてきました。その帰りのこと、父親と6歳になる女の子は先に自動車に乗り込みましたが、3歳になる下の子は、まだ玄関で懸命に靴と格闘していました。お姉ちゃんに追い付こうとして焦れば焦るほど、うまく履けません。そんなわが子を、母親はせかすでもなく手伝うでもなく、ただほほ笑みを浮かべながら、そばに立ってジッと待っているのです。私はその母親のしぐさに、ほのぼのとしたぬくもりを感じました。そしてその子が、親の大きな愛情に包まれて、伸びやかに育っていくことを確信したのでした。
そういえば、花壇の草花の世話をする時には、伸びてきた芽を、もっと早く伸びよと言って引っ張るようなことはしません。添え木をしたり、水や肥やしを施して育ちやすい環境作りをし、あとは気長に大きくなるのをジっと待ちます。ところが子育てとなると、子どもの自然な成長を待ちきれなくなり、焦るあまり、ようやく出たばかりの芽を無理やり引っ張ってちぎってしまうことさえあるようです。
草花を育てる時と同じように、親は、子どもの命が育つお手伝いをしているに過ぎません。子どもをどうするかということより、むしろ自分は子どもに対して良い親になっているだろうかと、常に自分自身のあり方を問うていく姿勢が大切ではないでしょうか。私がこのことに初めて気付いたのは、長女の幸子が産まれる時のことでした。
私は、かねてから男の子が欲しいと思っていましたので、妻の妊娠が分かったその日から、「どうぞ男の子が産まれますように」と神様にお願いしておりました。今思い返せば、すでに妊娠3カ月、性別はすでに決まっているはずなのですが、私は何の疑問もなく、男の子の誕生を願い続けていたのです。
7カ月目の定期検診では、胎児の発育が遅れているという診断の結果でした。それを妻から聞くなり、私は子どもの健康のことが心配でたまらなくなり、「どうぞ元気な子どもが生まれますように」と神様にお願いするようになりました。
そしていよいよ陣痛が始まり、妻は分娩室に入っていきました。喜びと不安が交錯する中で、私は必死で神様に祈りました。祈りながら、人間が命のことに対していかに無力であるかをしみじみ思い知ったのでした。その時ふと、自分がとんでもない間違いをしているような気がしました。私はこれまで子どもについて、様々なことを神様にお願いしてきたが、生まれてくる子どもを中心に考えず、自分の都合や身勝手な思いを神様に押し付けていただけではなかったか。そもそも神様がお授けくださる新しい命に条件を付けるなど、おこがましい限りであった。
そのことに気付いた時、「神様、どうぞ親として、無条件にその子を受け取らせてください。生まれてくる子の良き親にならせてください」という願いが、沸々と湧いてきたのです。
その後今に至るまで、いろいろなことがありましたが、その都度、「どうすることが、この子が育つお手伝いになるのでしょうか」と神様に問い掛けながら、子どもと共に過ごしてまいりました。
幸子が小学校2年生の時、アスレチックゲームというおもちゃを買ってやったことがありました。このゲームには10段階くらいの難所があり、段階を追って運動感覚が要求されてきます。ところが幸子は何日たっても第1段階さえクリアできないでいるのです。
その幸子が、ある日不思議そうに問い掛けてきました。
「お父ちゃん、リエちゃんはアスレチックゲームするのが初めてなのに、3、4回で10段階まですぐにできるようになったんよ。私は、どうしてできんのじゃろう」と聞くのです。
「あのなあ、幸ちゃん。草や木と同じで、人間にもたくさんの芽があるんよ。幸ちゃんの中にも、運動の芽や国語、算数の芽や、まだ誰も気付いておらん芽もある。幸ちゃんは、国語や算数の芽はどんどん伸びてきているが、運動の芽はまだ伸びてきておらんだけのことよ。人前に出ても恥ずかしがらん社交性という芽も、今はまだ隠れている。でも、いずれ伸びてくる。まだ伸びておらんだけなんだから、隠れている芽を嫌っちゃいけんぞ。嫌わずに仲良しになって、どんどん伸びてもらえりゃええなあ」
子どもの育つお手伝いと思えるからこそ、そんな言葉がスッと出たのでしょう。他人と比べて劣等感や優越感を助長するような言い方にならなかったことがありがたく、神様にお礼申し上げたことでした。
私たちは神様に大きく包まれて生きています。私は神様のような広々とした心を持って、その子その子に与えられた命を認め、素晴らしい芽が、それぞれのペースで伸びやかに育つことを願っていきたいと思います。良い親になるとは、人間の狭い了見にとらわれてあくせくすることなく、わが心をどこまでも神様のお心に近付けるよう努めることに他ならないのだと、子どもの成長を通して思わされているのです。