吾平と逃げるお金


●昔むかし
「吾平と逃げるお金」

金光教放送センター

朗読:杉山佳寿子さん


 昔むかし、ある海沿いの村に吾平ごへいという漁師がおりました。吾平はそんなに働き者ではありません。ですからいつも貧乏で、おかみさんとけんかが絶えませんでした。
 ある日、吾平が海辺をブラブラ歩いておりますと、庄屋さんとばったり出会いました。
「おう吾平よ、昼間っから酒を飲んでるのかい。暮らしに困らないのは結構結構」
 すると吾平は、「そうじゃないんで、銭があったらもっと酒が飲めるのに、懐が寂しいもんで、これでも我慢してるんですよ」と言う。
「ここ数日良い天気で、漁も魚がたくさん捕れたと言うのに、どうして懐が寂しいんだね?」と庄屋さんが尋ねますと。
「俺は毎日漁に行ってないんで」
「へえー!?」
 庄屋さんはビックリして、「どこか体の具合でも悪いのかね」と心配して尋ねますと、「悪くはないんですがね、夜中に起きて漁に行くのが面倒臭いだけで、まあ金が無くなったら漁には行きますよ。ところで、何かどっさり金がもうかるって話はありませんかねえ?」
「吾平よ、まあちょっと座れ」、あきれ顔の庄屋さんは言いました。
「金は『おあし』と言うくらいで、足があるんだ。広い世間を歩き回って働いている。だからお前のように何もせず、ブラブラしていると、『お先に失礼』と言ってさっさと通り過ぎてしまうんだよ」
「へえー、それではどうしたら『おあし』が、俺の所で留まってくれるんでしょうかねえ?」
「それはお前が金に好かれるようにすれば、金がお前を追い掛けて来る。ところでお前はおかみさんに好かれておいでかい?」
「とんでもない、働かないと言ってけんかばかりで、好かれてなんか…」
 庄屋さんはさもありなんと頷きながら、「大体、金に好かれない人は、おかみさんにも好かれないものだ」と言っておかしそうに笑うのでした。
「どうしてです?」と吾平が尋ねますと。
「それはお前が金の言うことも、おかみさんの言うことにも耳を貸さないからだ」
「へえー、うちのかかあのことは分かりますがね、金がものを言いますかね?」
 吾平が不思議そうに尋ねますと、庄屋さんは、
「金は生きているよ」
「そんな、聞いたことも無い」
 思わず吾平が言いますと。
「金は利息を生む、死んだものが子を生むものか。それにお前がついさっき飲んだ酒代も、今は酒屋の手から誰かの手に渡って自由に動いているだろう。そしてなあ、金にも好き嫌いがある」
「何です? 金の好き嫌いって?」
「第一に怠け者が嫌いだ」
 庄屋さんがジロリと吾平を見たので、吾平は思わず首をすくめました。
「第二に贅沢が嫌いだ」
「俺は贅沢なんてしてませんよ。したくても出来っこない」
 すると庄屋さんは、「贅沢とは無駄なことをする人を言うのだよ」
「ムダ?」
 五平はまだ良く分からないという顔付きで尋ねました。
「例えばお前はさっき、『銭があったら、もっと酒が飲めるのに』と言った。あれは贅沢だ」
「へえーっ、贅沢?」
「酒にも適量ってものがある」
 それでも吾平は首を傾げます。
 すると庄屋さんは、「金も同じだよ。わしらの体の中を流れている血に例えてみるとよく分かるだろう。血が無くては一日も生きては行けない。だからと言って、血が多すぎてもこれまた困る。元気な為には、適量な血が体を巡るってことだ。吾平よ、これで『金の話』は分かったかい?」
 「へえ」と答えたものの、吾平はあまり良く分からず、考え考え家に帰りました。

 さて、3カ月ほど経ったころ、庄屋さんがまた海辺を歩いておりますと、「庄屋さーん」と呼ぶ声がして、息を切らしながら吾平が追い掛けて来ました。そうしてこう言いました。
「庄屋さんの言ったように、確かに金は生きてますね。俺んとこにもちょいちょい訪ねて来るようになりましたよ」

 おしまい。

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