●昔むかし
「亀吉の魚釣り」
金光教放送センター
朗読:杉山佳寿子さん
むかしむかし、ある海沿いの町はずれに、亀吉という親孝行な若者がおりました。
亀吉の家は大層貧乏で、お母さんは病気がちでした。ですから亀吉はあちらこちらの家で下働きをして、わずかなお金をもらい、お母さんの世話をしながら何とか暮らしておりました。
ある日、仕事の帰りに海辺を歩いていました。すると、与兵衛が釣りをしていました。
「与兵衛さん、釣れたかい?」
「おう」
与兵衛は自慢げに籠の中を指差しました。大きな魚が3、4匹ほど入っています。
「ほおー、与兵衛さんは魚釣りの名人と聞いていたが、本当だな」
「前にはな、2尺ほどもある魚を釣り上げたんだぞ。これぐらいかな、いいや、もっと大きかった」と、両手を広げて得意げに話しました。
「へえー、そいつはたまげた。おっかあにこんな魚を食わしてやりてえもんだ。なあ、少しおいらに分けてくれねえか?」
「せっかく苦労して釣った魚だ、タダでなんかやんないよ。欲しければお前さんも釣りをしたらどうだい」
「でも、おいら釣りってしたことがねえし…。じゃあ与兵衛さん、教えてくれるかい?」
「仕方ねえなぁ」
ある日、亀吉は、与兵衛に付いて釣りに出掛けました。海に着いてからは与兵衛のやっていることを一生懸命まね、釣り糸を垂れるとどうでしょう、初めてだというのにすぐに大きな魚が釣れたのです。
亀吉はもううれしくてたまりません。
「おっかあ、喜ぶだろうな」
そして、釣りをしているのも忘れて、魚の入った籠のふたを開けては何度も何度も中をのぞき、ニコニコしています。と、その時です。せっかく釣り上げた大きな魚が急に飛び跳ね、海へ落ちてしまったのです。
「うわぁぁ…、大変だぁ! おっかあの魚が…」
「ハッハッハッ。馬鹿だなあ、亀吉は」
そう言いながら、与兵衛は内心ほっとしていました。みんなから釣りの名人と言われていたので、亀吉に先を越されたのが悔しかったのです。
ところが亀吉は焦って、何と着物も脱がず、そのまま網を持って海に飛び込みました。
「もう無駄だ! 諦めろ」と与兵衛が言っても、亀吉には聞こえません。
亀吉は必死になって網を振り回しました。手応えがあったので網を上げてみますと、網の中には、手に収まらないほどの大きな貝が入っていました。
亀吉は貝に言いました。
「お前は要らないんだよ」。
そして貝を海に戻しました。それからまた網を振り回しますと、さっきの貝がまた入っていました。亀吉はまた海に戻そうとすると、貝が亀吉の指を挟みました。
「あイタタタタ、おいおい、離してくれよ」
でも、貝は離しません。
「おーい! 大丈夫かあ!」
亀吉は貝に指を挟まれたまま、海から上がってきました。
「なんだ、その貝は?」
「それが、どうしても指から離れないんだ」
「どれどれ」
与兵衛が貝の口をこじ開けると、中に白くて美しい玉が入っているではありませんか。
「うわあ、大きな真珠だ!」
でも、亀吉はちっとも嬉しくありません。
「いくら奇麗でも、こんな物、おっかあは食べられないし…」
その時です。
「その真珠を譲っては下さいませんか。母上に差し上げたいんです」
振り向くと、若い女性が立っています。
亀吉は、お母様を喜ばせたいという女の人の思いに心を打たれ、ただコクコクと首を縦に振りました。その女の人が帰った後、与兵衛は腹が立って亀吉に言いました。
「馬鹿だなあ、タダでやるやつがどこにいる」
「いいんだ。あの女の人もおっかあに喜んでもらいたいんだ」
とは言え、せっかくの獲物を取り逃し、亀吉は寂しく家に帰ります。するとどうでしょう。真珠のお礼にと、見たこともないようなごちそうとお金まで届いていたのです。あの女の人はお城のお姫様だったのです。
それから数日経って、
「与兵衛さん、今日も大きな魚が釣れたなあ」
「そうだな、おいらも早く持って帰って、家のモンに食わせてやるとするか」
2人は、その後もずっと仲良く釣りを楽しみました。
おしまい。