8月6日


●平和
「8月6日」

金光教放送センター


(ナレ)広島県にお住まいの福田喜代子ふくだきよこさんは、現在82歳。今から66年前の昭和20年8月6日、爆心地から北へ約1・5キロメートル程のところにある、生まれ育った金光教横川よこがわ教会にいました。福田さんは当時15歳、空を見上げると原爆投下直前のB29が目に飛び込んできました。

(福田)父の介護をしながら、掃除しよう思うたら、父がね、「今、警戒警報が解除になったけど、どうも日本の飛行機の音じゃない」って言うんですよ。それで私はね、掃除をする前に障子を開けまして、見たんですよね。そしたらね、西から東へ飛行機が飛ぶのは見たんです。それでまあそれを閉めました。まあ戸を閉めて、掃除をしよう思うてかがんだところにピカーッと光ったんですね。そこから放射能というか、ピカッと光って、両手両足をやられたんですね。まあとにかく、「これはおかしいなあ。下へ何かの上いっぱい乗っとるし」思ったら、やっぱり家のはりが足のとこへ掛かってたんですね。

(ナレ)倒壊した家の下敷きになり、身動きがとれなくなった福田さんに、燃えさかる炎が近づいてきました。

(福田)「お父さん、お父さん。助けてえ」って言うたら、父もおそらく下敷きになっとったんでしょうけど、体の弱い父が先に出たんですよ。はい出たんですね。それで声を聞いて助けに来てくれたんですよ。私の体の上に木とか瓦とかいっぱい落ちてますからねえ。出られんのですよね、私が。ほんで、父は一生懸命瓦を投げ投げね、もう周囲はずっと燃えてるから。父は「出てくれえ。わしはお前を置いといてよう逃げん」言うて言うんですよね。ほいじゃがこの左の足にどうしてもこの大きな梁が抜けない。まあ、とにかくここにいて一緒に死んだんじゃいけんと思うから、私は、「逃げてくれ。逃げてくれ」言うたんですよ。「ああ、もうこれで覚悟を決めよう」思うて、思うとったら父が、「もげてもいいけん。足引っ張ってみてくれ。お前を置いといてよう行かん」。周囲は燃えてきよるんも分かるんですけど、その中で父がそう言いながら、「金光様、金光様」言うて、もうお願いしよりました。そしたらねえ、スッと抜けたんですよ。

(ナレ)左足を負傷した15歳の少女は、片腕に病気のお父さん、もう片方の腕にお父さんを休ませるための布団を抱え、炎の中をとにかく逃げました。

(福田)もう家が全部倒壊してるから、それであっちこっち燃えているんですよ。ですからその間をくぐって逃げるということが精いっぱいでしたね。その中には、亡くなって倒れとる人もおるし、川の方へ逃げていきよる人の方が多かって、牛とか、馬とか、あーゆーなのがもうたくさん死んでおりましたね。でもね、父を助けたい一心でしたから、片手に持って、布団を持って歩いていくんですが、ところどころ屋根の下へ、そのお布団敷かせてもらって、父を寝させて、それからちょっと気分が治まると、はあ、もう、父が、またどっか、もうちょっと向こう行こうて言うて。ずっと歩いて行ったんですよね。私はもう父が亡くなったら、もう独りぼっちという思いがね、強かったです。父をここで亡くしたらどうしようかという思いじゃから、とにかく父を助けな、っていう思いは強かったですね。

(ナレ)日暮れ頃には、爆心地からずいぶん離れた避難所に何とか必死で逃げ延びた福田さん親子でしたが、翌年、病気が悪化したお父さんは亡くなりました。
 戦争が終わり、66年たった今でも、この時の体験を話す福田さんの目には涙が浮かびます。

(福田)最終的に泣いたり苦しんだりするのは、市民であり子どもであるんですからね。だからもう、こういうことはもう…もう私らのような経験をすることは、もう次の代の子にはさせたくないですよね。でもねえ、とにかく一時はね、原爆の話するの、ものっすご嫌じゃったんですよ。思い出したくないいう思いで。「いやいや、もう私もう思い出しただけで涙が出るけえ、人の前で話をすることをようせん」って言うてね。

(ナレ)… あまりにも悲惨な原爆の体験は、その後何十年たっても人には話せずにいた福田さんでした。しかし、今から7年前、福田さんの気持ちに変化が表れました。

(福田)孫が原爆の資料館へ修学旅行へ来たりした時にね、「はあ、これはやっぱりうちの子どもにも孫にもね、知らしとかにゃいけん」いう思いがだんだん強くなったの。 いつもね、「おばあちゃん、原爆の話したら、また泣き出す」いうて、いつも孫にも言われるんですけど。原爆の恐ろしさいうのを少しでも分かってもらったらねえ、いいんじゃないか。まあ孫を通じて感じましたので、戦争を知らない今の子どもたちに、少しでも知ってもらえば平和になるんじゃないかと思うんですよね。資料館行って、6年生ぐらいの子どもいうたら、やっぱり恐がりますからねえ。…戦争はいけません。

(ナレ)ご自身のつらい体験を、人に語っていくことを決意した福田さん。今日この放送の収録に出かける時、お孫さんが、「おばあちゃん、今から原爆の話しに行くん? ごくろうさん」と声を掛けてくれたそうです。
 福田さんの平和への祈りは、お孫さんの心にもしっかりと届いているのでしょう。

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